コラム

ドイツでもっとも後進的だった電力業界に起きた破壊的イノベーション

2020年10月09日(金)13時00分

InfraLab Berlinは、ベルリン/シェーネベルクのハイテクパーク内に、水道、ゴミ、電気、ガス、公共交通などの大手インフラ企業が、革新的なスタートアップとの協業を促進するために設立された。

<ドイツを中心とした欧州のエネルギー業界は今、新しいテクノロジーと破壊的なイノベーションにより、急速な変革を迎えている...... >

グリーン革命は電気から

電気、ガス、水、ゴミ処理、公共交通などの公益事業は、当然ながら市民生活と深い関わりをもっている。しかし、これらのインフラ企業は、レガシー・システムとして君臨し、長きにわたる安定した市場支配力を持ったがゆえに、イノベーションから最も遠い企業とされてきた。

電気は、現代人に不可欠なインフラでありながら、コスト負担は増大し続けている。ドイツを中心とした欧州のエネルギー業界は今、新しいテクノロジーと破壊的なイノベーションにより、急速な変革を迎えている。

家庭での電力消費は、部屋の照明、調理、暖房はもとより、スマホの充電にいたるまで、電気はますます生活に不可欠なライフラインである。ドイツの電力市場は、20年前に自由化されて以来、大きく変化してきた。これまでドイツでは、RWE、Eon、Vattenfall、EnBWの4大エネルギー供給業者が存在し、電力の販売から取引、電力を供給する送電網であるグリッドまで、すべてがビッグ4の手に委ねられていた。

ドイツでアパートを借りる際、顧客は自分の地域の責任あるサプライヤーと契約を結ぶ必要がある。ベルリンの賃貸アパートでも、電気は顧客の選択で供給会社を選ぶ必要があり、これまでは大手電力会社の「信頼性」だけが頼りだった。しかし今、安泰とした電力市場にデジタル革命が進行している。

新たな電力供給プラットフォーム

2016年以来、ヨーロッパのトップ起業家の才能を評価するDigital Top 50 Awardsは、ヨーロッパで最も重要なテック系スタートアップを表彰するイベントである。この賞は、ビジネスとテクノロジーの全範囲をカバーしており、今年、最高賞を授与されたスタートアップに世界の注目が集まった。

1Lition.jpg

Lition(リチオン)の創業者Dr. Richard Lohwasser(右)と Dr. Kyung-Hun Ha(左)は、Vattenfallなどの大手電力企業で数年間働いて重要な経験を積み、彼らの重大な弱点を突き止めた。リチオンは新しい考え方と技術革新を組み合わせ、業界のゲームチェンジャーとなっている。©Lition

「最高の消費者ビジネスモデル・イノベーション」を受賞したLition(リチオン)は、ベルリンを拠点とする認可エネルギー・プロバイダーであり、電力の流れを供給・需要の両側から最適化できるスマートグリッドを通じて、ドイツ初のグリーン・エネルギーのデジタル市場を確立したスタートアップである。

リチオンは、グリーンエネルギーの生産者とスマート消費者を直接リンクすることで、消費者が大手電力会社を介さずに、選択したエネルギー生産者に直接電気代の支払いを可能にした。これにより、従来の閉鎖的な電力供給システムに、透明性、経済的魅力、持続可能性を突きつけている。リチオンのプラットフォームは、消費者が隣人の屋根にある太陽光発電設備からエネルギーを受け取るか、再生可能エネルギー会社のソーラーパークからエネルギーを受け取るかを決定できるようにした。

2Lition.gif

リチオンのビジネスモデルは、選択したグリーンソースにデジタルで直接接続することだ。このために、最新のブロックチェーン技術を使用している。これにより、仲介業者や電力交換による不要な迂回が回避できる。©Lition

これまでのところ、電力は取引所を介して、または生産者と大量消費者の間で取引されるのが通例だった。一方、リチオンを使用すると、中規模のソーラーシステムを使用するすべての消費者が生産者になり、他の消費者に電力を販売することができる。リチオンのアプローチは、グリーンエネルギー部門の競争力を高めるのにも役立っている。

風力や太陽光などのグリーンエネルギー源との直接取引は、一般の人々も望んでいるが、リチオンはこれを実現し、プラットフォームの利用手数料で企業を運営している。現在、20人のチームを雇用しており、現在の年間売上高は300万ドルで、来年は700万ドルに達すると予測されている。これまでに約500万ドルの外部投資が集められ、同社は現在、160以上の都市に顧客を持ち、2022年末までに23万5千人の顧客獲得を成長目標に掲げている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 10

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story