コラム

エルサレム首都宣言とイラン核合意破棄の類似性

2017年12月11日(月)20時00分

中東和平案進展の可能性

では、トランプ大統領のエルサレム首都宣言はクシュナーが目論むとおりに中東和平案を進めることが出来るのだろうか。トランプ大統領の宣言を受け、世界中が批判し、米国は孤立し、特に中東和平交渉の当事者であるパレスチナ自治政府のアッバス議長は強く反発し、中東和平交渉に入ることは不可能とみられている。

しかし、今回のトランプ大統領の宣言をよく見てみると、中東和平交渉の可能性が完全に潰えたとは言えない。エルサレム問題の鍵は「最終的な地位」を巡る問題である。イスラエルはエルサレムを「永遠不可分の首都」と位置づけ、現在のように東西に分割された状況を解消し、東エルサレムも含めたエルサレム全域を首都と位置づけている。これに対し、パレスチナの首都は「東エルサレム」であるという位置づけとなっており、エルサレムの最終的地位を巡る問題は、エルサレム全体か東西分割を認めるかというところがポイントとなる。

というのも、よく知られるようにエルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地ではあるが、その聖地となる場所は互いに隣接しており、空間的に分割が不可能な状況である。この点については東京大学の池内恵の解説の通りである。しかし、トランプ大統領は宣言の中で、エルサレムの最終的地位に関しても、イスラエルの主権が及ぶ範囲についても判断しない、と述べている。これは「永遠不可分の首都」というニュアンスではなく、東西分割の可能性も示唆した発言であり、言うなれば現在のアメリカの立場と変わりがない。

また、エルサレムへの大使館の移転についても、トランプ大統領は宣言の中で「現実的に最も早いうちに(as soon as practical)」と移転のスケジュールについては全く曖昧にしている。ティラーソン国務長官も「今年中には大使館移転は行われず、おそらく来年中でもない」と語っている。つまり、世界に向けて堂々と宣言してみたものの、実際のところは全く現状と変わることはない、と言う状態が数年は続くということを語っている。

実際、トランプ大統領はテレビカメラの前で宣言した直後に、カメラの前で衆人環視の中で宣言文に署名しているが、この宣言文には大使館移転についてのスケジュールが書かれているわけではなく、その期限を明確にしないまま先送りにするという内容である。しかも、その後に「エルサレム大使館法」の執行の一時停止の命令書に署名している。これは言うなれば全世界に向けて禁煙を宣言した人物が、その直後にたばこに火をつけるようなものである。

つまり、トランプ大統領は口先だけでエルサレムをイスラエルの首都であると宣言はしたが、実質的なアクションは歴代大統領と全く同じことをしているのである。実際、トランプ政権は、この宣言が一定の反発を引き起こし、当面の間は暴動が続くであろうが長続きはしないとみている。それは結果として政権の行動が従来と変わらないからであり、もしパレスチナ側にもこうした理解が広がれば、中東和平交渉のきっかけが生まれるかもしれない(しかしその可能性は低い)。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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