最新記事

オーストラリア

コロナ封じのため国民の帰国禁止...家族に会えないオーストラリア人の嘆き

The New Hermit Kingdom

2021年5月18日(火)21時10分
アミーリア・レスター(フォーリン・ポリシー誌エグゼクティブエディター)

1人でも感染者が出ればその州境が閉ざされかねない国で、首相がこのような発言をしたのだ。

ニューズ・コム・オーストラリアによると、首相や医学の専門家らが懸念しているのは、「たとえワクチンの接種を受けた人が発症や死亡しなくても、感染してウイルスを広める可能性があるかどうか」だという。

ワクチンが感染リスクを減らし、重症化の可能性を大幅に軽減するという証拠は着実に積み重ねられている。それなのに無症状のケースにこだわるとは、ばかげているではないか。

とはいえ、一部でささやかれているように、モリソンが次の連邦総選挙を見据えた戦略として国境の開放を遅らせているのなら、話は別だ。ウイルスの完全排除を目指すつもりはないとモリソンは言うが、政府の現在の方針の下で国民が「コロナゼロ」以外を容認するとは考えにくく、世界との関係を取り戻す道筋も見えてこない。

だからこそ私をはじめ国外にいる多くのオーストラリア人は、裏切られたと感じているのだ。

最も成功した多文化移民国の不条理

1990年代のオーストラリアの子供は、多文化主義は正式な政策というだけでなく、私たちの国を特別にするものだと教わった。今年2月にモリソンは、「オーストラリアは地球上で最も成功している多文化移民国だ」と語った。

私たちの多文化主義の大部分は、ギリシャやスリランカなど各地の在外オーストラリア人を介した世界とのつながりに支えられてきた。それなのに何万人というオーストラリア人が、祖国に再び足を踏み入れることができるかどうか分からないという状況は、あまりにむなしい。

市民から、もっと怒りの声が上がらないことも驚きだ。最近の調査によると、同胞を帰国させるために今以上の手段を講じるべきだと考えるオーストラリア人はわずか3分の1。新型コロナの拡大阻止にワクチンが有効だと確信している人は半分にすぎない。

一方で、国境閉鎖に関する記事のコメント欄には、不満や被害妄想が渦巻いている。自分たちと同じオーストラリア市民である「甘やかされた国外居住者」を、人権条約に違反している国外の難民収容施設に放り込めばいいと言い出す人さえいる。

ワクチン政策の失敗は、他の国では政治スキャンダルと人々の怒りを引き起こしているが、オーストラリアは違う。

報道では、国境の閉鎖は特権階級だけの問題で、海外旅行は贅沢とされている。人口の30%に当たる750万人が国外で生まれているのに、離れ離れになった親子の声はほとんど聞こえてこない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中