最新記事

日米同盟

安倍晋三は「顔の見えない日本」の地位を引き上げた

The Abe Era Ends, Cheering China, Concerning Washington

2020年9月1日(火)14時00分
マイケル・オースリン(スタンフォード大学フーバー研究所)

要するに安倍は戦後日本を縛ってきた「足かせ」を取り払ったのだ。同盟国との防衛協力の障害となる法律を改正し、日本企業が外国と兵器の共同開発を行うことも認めた。国家安全保障会議(NSC)を創設し、毎年のように防衛予算を引き上げた。安倍の在任中、日本は(護衛艦の改修により)戦後初めて航空母艦を保有したし、F-35戦闘機の保有数はまもなく、アメリカに次いで世界第2位となる見込みだ。中国軍から離島を守るために自衛隊の水陸機動団も設立された。

安倍はアジア太平洋地域全体で外交関係の強化に努めた。中でも顕著なのが対インド関係で、ナレンドラ・モディ首相との連携が進んだ。オーストラリアや東南アジア諸国との関係も同じように深化した。

その背景にあったのはもちろん、中国の台頭だ。中国は日本にとって最大の経済的パートナーであると共に、国益に対する最もはっきりした脅威でもある。中国以外のアジア諸国に対する安倍のメッセージはシンプルだった。日本は「中国とは違って」、通商関係を維持すると共に地域の規範やルールを守っていくために手を携える相手になりうる国であり、弱い者いじめをしたりしない国だ──。

ナショナリスト呼ばわりされたが

安倍の自衛隊の近代化政策は、中国政府にとって大きな懸念対象だった。尖閣諸島周辺海域に侵入を繰り返す中国船からの防衛に力を入れると同時に、オーストラリアやインドとの防衛協力を強化。台湾とも目立たないながら緊密な関係を維持した。安倍の辞意表明で中国政府がほっとしているのは間違いないだろうし、インド太平洋地域や世界における日本の役割の拡大に向け、後継の首相には安倍ほどのエネルギーもビジョンもない人間が就くことを期待しているはずだ。

安倍の外交政策の核にあったのはアメリカとの同盟関係だ。オバマ政権時代には「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の改定に力を注ぎ、日米同盟の深化に努めた。だが後世の人々には、ドナルド・トランプ大統領という人間を積極的に受け入れた人物として記憶されることだろう。おかげで2人の間には比類のない緊密な関係らしきものができあがった。

ナショナリスト呼ばわりされてはいたものの、安倍はアメリカ政府との協力が日本の安定と繁栄に欠かせないことを理解していた。彼のトランプに対するアプローチは中国への対抗措置という面もあったし、北朝鮮から日本をきちんと守ってもらうためでもあったし、TPPの代わりとなる貿易協定の交渉のためでもあった。

<参考記事>安倍首相の辞任表明に対する海外の反応は?
<参考記事>安倍政権の7年8カ月の間に日本人は堕落した

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:EU市民の生活水準低下、議会選で極右伸長

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中