最新記事

理系人材

「科学技術人材不足」は、作られた危機だった? その背景は......

2019年10月9日(水)17時00分
秋山文野

理系人材は不足している、とよく言われているが......マサチューセッツ工科大学の卒業式 Brian Snyder-REUTERS

<6年も前の「STEM人材危機の神話」の記事がまだ取り上げられているが、外国人排斥を結びつける主張も絡み、事情は複雑だった......>

8月末、IEEE(米国電気電子学会)の学会誌であり科学技術雑誌であるIEEE Spectrumが「新学期前に、これまでで最も読まれた、そして議論になった記事」というツイートをした。『The STEM Crisis Is a Myth(STEM人材危機は神話だ)』というこの記事は、米国で叫ばれているSTEM(理系)人材不足は実態を反映していないという趣旨で書かれている。ただし、2013年8月の記事だ。

STEMとはScience, Technology, Engineering and Mathematicsの頭文字をとった語で、科学技術分野とその教育を受けた人材を指す。stemは植物の幹や茎のことで、社会を支えるという意味も込められている。STEM教育を受け、科学技術分野で働き社会を支える人材が足りない、という主張は宇宙開発の分野でもよく目にする。その主張が神話で実態のないものだとすれば気になるが、とはいえ6年も前の記事がなぜ今でも読み続けられているのか。

STEM学位取得者の3分の2は、専門の「仕事の口がない」

IEEE Spectrum記事の趣旨を見てみよう。STEM人材危機の論拠として挙げられるのが、オバマ政権時代の大統領科学技術諮問委員会が発表した「今後10年間で100万人のSTEM学卒者が求められる」という報告書だ。STEM人材育成のため、2020年までに10万人のSTEM教育者の育成と1万人の新規技術者の育成が政府、産業界両方に呼びかけられた。マイクロソフトは2012年に「2010~2020年までの10年間、学士号以上のコンピューター専門職に120万人の求人がある」という数字を挙げたという。こうした需要を満たすため、マイクロソフトなどのテック企業は、高度外国人人材の就労ビザであるH-1Bビザを毎年6万5000件発行し、累計18万人の外国の人材がこのビザで就労できるよう求めた。

そもそもSTEM人材は米国にどの程度存在しているのか。米商務省の統計では2010年に760万人がSTEM関連職に就業しており、これは米国の労働人口の5.5%に相当するという。この中には、コンピューターサイエンス分野の研究開発職からテクニカルサポート職まで幅広く含まれる。

商務省統計の760万人中、STEM分野の学位を持っているのは330万人だが、ジョージタウン大学の調査によるとSTEM学位取得者の3分の2は、「仕事の口がない」ことから学位を取得した専門分野で働いていない。米経済政策研究所(EPI)の調査によるとSTEMの中でも最大のIT分野では、コンピューターサイエンスの学位を取った人の3分の1がSTEM職についておらず、かつその3分の1は「求人がないため」と回答したという。また、STEM人材不足を裏付けるはずの「給与の伸び」も観測されていない。

人材不足が声高に叫ばれる背景は......

調査はSTEM人材不足が神話であることを示しているが、人材不足が声高に叫ばれる背景に何があるのか。アルフレッド・P・スローン財団の人口統計学者マイケル・タイテルバウムは、「アラーム、ブーム、バスト」というバブルと崩壊のサイクルがあると説明する。「他国は競争上優位に立っている。このままでは我が国は経済的に、また安全保障面で後塵を拝する」と人材危機が叫ばれる。1950年代のアメリカには「ソ連は9万5000人の科学者・技術者を養成しているのに対し、アメリカでは5万7000人しか育成されていない」という科学技術競争論があった。1980年代には競争相手は日本で、現在では中国とインドが脅威とされている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スペイン首相が続投表明、妻の汚職調査「根拠ない」

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中