最新記事

映画

今度の敵はメディア──マイケル・ムーア『華氏119』の説得力

2018年11月2日(金)17時50分
小暮聡子(本誌記者)

ムーア監督は、トランプが「国民の敵」と呼ぶ主要メディアにも矛先を向ける (c)Paul Morigi / gettyimages

<『華氏911』で有名な「反トランプ派」映画監督のムーアが最新作で最大の標的にしたのは、トランプでもトランプ支持者でもなかった>

マイケル・ムーア監督が、吠えた。

ムーアの最新作『華氏119』(日本公開11月2日)は、中間選挙を控えた今のアメリカを知るには格好の教材だ。

ムーアのヒット作『華氏911』をもじったタイトルの本作は、2016年11月9日、ドナルド・トランプが大統領選で勝利宣言をした「あの日」から始まる。前日である大統領選当日、ニューヨーク・タイムズ紙は投票が締め切られる直前の時点でヒラリー・クリントンの勝率を84%と予想していた。

トランプとクリントン、双方が「勝利演説」の場に選んでいたリベラル色の強いニューヨークでは、おそらくトランプ自身を含め「トランプ大統領の誕生」という未来を本気で思い描いていた人はほぼいなかった。ムーアのカメラは冒頭から、クリントン勝利を信じて疑わない、浮かれ気味のニューヨーカーたちの顔を次々と映し出す。

しかし日付が変わった11月9日午前2時半、「想定外」が起きる。当時ニューヨーク支局に勤務していた私は、タイムズスクエアの電光掲示板をニューヨーカーたちと一緒に呆然と見つめていた。まさかの、トランプ勝利。

ムーアが本作のタイトルに掲げたあの日、アメリカのリベラル層は「もう一つのアメリカ」が存在していたことを知った。「差別主義者」のトランプをアメリカが大統領に選ぶはずはないと信じていた人々は、「まるで裏切られたような気分だ」と語った。自分の母国に別の顔があったと知って、人間不信に陥ったような思いだ、と。

最新作でムーアがトランプのアメリカを描くと聞いて、彼がカメラを向けるのはもう一つのアメリカ、つまり「トランプ支持者」なのだと想像していた。アメリカの主要メディアが捉えきれなかった、トランプに票を入れた人々を主役に据えた映画なのだと。

だが蓋を開けてみると、これまでの作品で「敵」を滑稽なまでにこき下ろしてきたムーアが本作でターゲットにしたのは、トランプ勝利を見抜くどころかトランプ特需に沸いていた米メディア、ひいては有権者を幻滅させてきたクリントン夫妻やバラク・オバマ前大統領、そして民主党の既存勢力だった。

つまりこうした人々が、ムーアが見るところ、トランプを勝たせた「戦犯」たちだ。逆にトランプに投票した人たちは、映画を通してそれほど多くは登場しない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P横ばい、インフレ指標や企業決算

ワールド

メリンダ・ゲイツ氏、慈善団体共同議長退任へ 名称「

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、今週の米経済指標に注目

ワールド

原油価格上昇、米中で需要改善の兆し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 8

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 9

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中