最新記事

ブータン

「幸せの国」ブータンで親子が見る夢はすれ違う──ドキュメンタリー映画『ゲンボとタシの夢見るブータン』の監督2人に聞く

2018年8月17日(金)11時10分
大橋 希(本誌記者)

bhutan180817-02.jpg

この作品で長編監督デビューしたアルム・バッタライ(左)とドロッチャ・ズルボー

――ブータンといえばGNH(国民総幸福量)が有名だ。でも、テクノロジーの発展により世界の現状を知った人々の間から、「ブータンは貧しい。幸福よりも経済成長を追ってほしい」といった声が出たりはしないのか。

バッタライ:GNHは、80年代半ばくらいに国が提唱した哲学のようなもので、それをとやかく言う人はあまりいない。それ以前からブータンの人は伝統的で、自己充足的な暮らしをしてきたから。でも僕たち世代を含めて、今の若者たちが物質的に豊かになることを望んでいるのは確か。隣国の中国やインドが近代化を遂げて、どんどん発展していくのを見ているから。

ブータンにはインターネットを中心としたテクノロジーが一気に入ってきて、それが世代間の価値観の違いを大きくしている。ほかの国では何十年もかけて徐々にテレビが入ってきて、インターネットが入ってきて......と推移したのに対して、ブータンにはその全てがまとめて入ってきた。まさにタシたちの世代は僕たちの世代以上に、世代間ギャップを大きく感じていると思う。 

――家族間の葛藤や世代間対立という点で、ブータンに限らない普遍的な問題が描かれている。外国の観客のコメントで印象的だったものはある?

バッタライ:やはりみなさん、普遍的なものを感じてくれるようだ。その中でも印象的だったのは、メキシコの映画祭で上映したときに男性が立ち上がって、自分の父親とテンジンは同じだ、自分たち親子も同じ問題をかかえている、と話していたこと。自分自身の物語を映画に投影していた。

メキシコの高校で上映したときは、女の子のグループに「自分たちの友達にもトランスジェンダーの子がいる。彼女がどうやって接したらいいのか? タシはどういう気持ちなのか?」と聞かれた。僕はカウンセラーじゃないから、と思ったけど(笑)。

ズルボー:ドキュメンタリーというのは自分の人生を照らし合わせて、人それぞれの解釈で見ることができるもの。メキシコも伝統的な文化があり、ブータンと同じく近代化に直面している国ということもあって、自分たちに近いものを感じてくれたのだと思う。

――ゲンボとタシは今どうしている?

バッタライ:ゲンボは映画の中ではすぐにでも出家しろと言われていたが、あと2年間は普通の高校に通わせてもらうことになっている。村を出て、首都ティンプーの高校に通っている。タシは今も村の学校に通っているが、またサッカーのトライアウトに挑戦しようとしている。

父親はゲンボをすぐに僧院学校に行かせたかったが、完成した映画を見て、子供たちの思いを感じたのだろう。すぐに出家させることを少し躊躇していた。

――でも、ティンプーにいたらゲンボの心はもっと......。

バッタライ:それはそうだと思う(笑)。ティンプーは首都で村よりも自由だし、いろんな情報もあるからゲンボの選択はもっと難しくなる。でもそのことを父親は分かっていないんじゃないかな。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中