最新記事

米朝首脳会談

米朝「核合意」の必要十分条件とは

2018年6月7日(木)15時45分
小谷哲男(明海大学外国語学部准教授・日本国際問題研究所主任研究員)

5月30日、会談実現に向けてニューヨークでポンペオ米国務長官と面会した金英哲 Brendan McDermid-REUTERS

<根深い誤解と相互不信が交渉迷走の背景に......トランプと金正恩は会談でどこに妥協点を見いだすのか>

果たして、米朝首脳会談は行われるのか。世界がその行方を見守るなか、会談実現をめぐる駆け引きはまるでジェットコースターのように急激な動きを見せている。3月上旬にドナルド・トランプ米大統領が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長からの首脳会談の申し出を受け入れたこと自体が驚きであったが、4月初めには当時のマイク・ポンペオCIA長官が訪朝し、4月27日の南北首脳会談を経て、米朝首脳会談に向け順調に調整が続いているかのように見えた。

しかし、「非核化を受け入れなければ北朝鮮はリビアの二の舞いになる」というマイク・ペンス米副大統領の発言に北朝鮮側が強く反発して会談の見送りを示唆すると、トランプは5月24日、会談の中止を通告する公開書簡を金に送付。ところがその数時間後には北朝鮮高官が会談に前向きな発言をし、トランプもこれも評価、続いて電撃的に板門店で南北首脳会談が開かれ、その直後に板門店、シンガポール、そしてニューヨークで首脳会談に向けた米朝間の事前調整が始まった。

本稿の脱稿直前に(6月1日)、ワシントンを訪問した金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党中央委員会副委員長がトランプに金の親書を手渡し、トランプが当初の予定どおり6月12日に首脳会談を行うことを発表した。

米朝首脳会談をめぐる駆け引きは、会談の当日まで続くであろう。トランプは会談を数回行うことを示唆しているため、現時点では今後どのような展開があり得るかを予想することよりも、米朝それぞれが会談から何を得ようとしているのかを読み解くことのほうが重要だ。その分析から見えてくるのは、アメリカと北朝鮮の相互不信、そして誤解である。

まず、アメリカ側が求めているのは北朝鮮の非核化だ。正確に言えば、「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID: Complete, Verifiable, and Irreversible Denuclearization)」である。

ただ、アメリカは核兵器に限らず生物・化学兵器を含めた全ての大量破壊兵器およびその運搬手段である弾道ミサイルの破棄も求めており、さらに、既に完成している北朝鮮の核ミサイル戦力を早急に国外に搬出し、開発能力についても関連物資・施設の搬出や破壊を求めていると考えられる。また、日本人拉致問題の解決や北朝鮮国内の人権問題の改善も、米国側にとっては重要な課題である。

一方で、北朝鮮が求めているのは朝鮮半島の非核化である。その中心となるのは、北朝鮮による核ミサイル放棄ではなく、北朝鮮の体制保証だ。いわば「完全かつ検証可能で不可逆的な体制保証(CVIG: Complete, Verifiable, and Irreversible security Guarantee)」こそが、北朝鮮が求めていることであろう。

これまでも、核開発放棄の見返りにアメリカとの国交正常化、米朝不可侵条約の締結、在韓米軍の査察あるいは撤収、さらにはアメリカから韓国への核の傘の提供の取りやめなどを求めてきた。政権が代わっても、その保証が続くことを求めるはずだ。体制保証が満足できる形で得られるまで自衛のために核ミサイル能力を手放さないというのが、北朝鮮の立場である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

住友商、マダガスカルのニッケル事業で減損約890億

ビジネス

住友商、発行済み株式の1.6%・500億円上限に自

ビジネス

英スタンチャート、第1四半期は5.5%増益 金利上

ビジネス

クレディ・スイス、韓国での空売りで3600万ドル制
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中