最新記事

フランス事情

子供を助けた不法滞在者が市民権を得た「美談」と背中合わせの複雑な難民事情

2018年6月5日(火)15時30分
広岡裕児(在仏ジャーナリスト)

ベランダから落ちそうな子供を助けた不法滞在の男性は、市民権と仕事を得たが StarTV/YouTube

<ベランダから落ちそうな子供を救った不法移民は、市民権と消防士の仕事を得た。だがそこから10分のサンドニ運河では機動隊600人が難民たちのテント村を撤去している。ただしこれは追い出すのではない、もっと尊厳を保てる場所に移すのだ>

パリの北部で「スパイダーマン」さながらにマンションの外壁をよじ登り、ベランダから落ちそうになっていた4歳の男の子を助けたアフリカ・マリ出身のマムドゥ・ガサマさん。この勇気ある青年が不法滞在であることがわかると、滞在許可を与えるよう署名運動が起こり、5月28日にはマクロン大統領みずからが会ってフランスへの帰化と消防士の仕事を約束した。

この美談の陰で、救出劇の現場から北東に車で10分とかからないサンドニ運河では、30日早暁機動隊員600人が出動して岸にならぶ1016人の難民たちのテント村が撤去された。

テント村の撤去は3年間で35回目だという。その中でも最大のものは2年前の2016年11月4日にあった。男の子が救出された現場から南へ歩いて10分ほどのメトロ高架下で3,800人が寝泊りしていた。この5月30日のサンドニ運河のときの3倍以上である。あの頃、1日に80人新しい難民が到着していたという。当時の内務大臣は、警察を常駐させて新しいキャンプができるのを阻止するといっていたが、また別のところにできただけだったのだ。

hirooka180604.jpg
パリの運沿いにできたテント村を撤去する警察(3月30日)Benoit Tessier-REUTERS

不法占拠が撤去の理由ではない

よく誤解されるが、これは難民の追い出しではない。

たしかに、テント村があるために、13日に予定されていたパリ・レピュブリック広場からサンマルタン運河・サンドニ運河に沿ってサンドニ競技場とを結ぶ10km競走「大パリ大レース」も中止になるというようなこともあった。

もともとはパリと移民の多い郊外とを結ぶことで、移民が住民の中に溶け込み、住民も移民を自分たちの仲間だと思えるようにしようという志を持ったイベントだったのだが、皮肉なことに、まさに極限の移民というべき難民たちのテントがコースに並んだためにレースができなくなってしまったのである。

それはともかく、公道の不法占拠がテントの撤去の理由ではない。

5月はじめには難民が運河であいついて2名溺死する事件が起きたし、テント村や周辺の衛生状態も悪くなっている。

人としての尊厳を保てる生活ができていないからである。

難民たちは、パリ地方に用意された臨時受け入れ施設に移される。身寄りのない未成年者、女性、家族づれは特別施設にいく。難民たちは、それらの施設で一カ月ほど暮らし、亡命申請をする。そして、フランス国中の宿舎に分散される。現在亡命審査期間は平均11ヶ月。そこで認められたものは自活、ハネられた者は国外退去や強制送還となる。

昨年『パリのすてきなおじさん』という本に協力した。そのとき、救出劇の現場から真北に車で5分ほどのパリの出口、ポルト・ド・ラ・シャペルというところの難民テント村に行った。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元カレ「超スター歌手」に激似で「もしや父親は...」と話題に

  • 4

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 9

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 10

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中