最新記事

アメリカ

トランプ外交はミードの4類型に収まりきらない──アメリカン・ナショナリズムの反撃(1)

2018年6月14日(木)18時45分
中山俊宏(慶應義塾大学総合政策学部教授)※アステイオン88より転載

サンダースの方は、一九七二年の大統領選挙における民主党候補、反戦派のジョージ・マクガバンに因み、マクガヴァナイトという潮流が考えられよう。マクガバンは、「カム・ホーム・アメリカ」というメッセージを掲げ、ベトナム戦争からの撤退を訴えた(7)。アメリカが外に出て行くことはむしろ混乱を増大させる、そうした世界観がマクガヴァナイトの基底にある。

仮にデイヴィソニアン、そしてマクガヴァナイトが、アメリカ外交における新たな潮流だとすると、それはアメリカ外交を見る視点に大きな修正を迫るものである。とりわけウィルソニアン的な潮流にとっては、原理的なチャレンジになりうる。というのも、これまでのミードの四類型では、ウィルソニアンは、他の三類型とつながりようがあった。例えば、ネオコンを説明する際には、ジャクソニアンとのハイブリッドというかたちで説明された。また外に向かうベクトルの共通性という点で、ハミルトニアンとウィルソニアンは結びつきうる。第二次大戦後のリベラル・インターナショナル・オーダーは、ハミルトニアンとウィルソニアンの共同プロジェクトだともいえる。ジェファーソニアンとは一見反りが合わないが、ウィルソニアンは、ジェファーソニアン的な世界観が外の世界に向かって投射されたものである。具体的なアクションということになると、共通項は少ないが、その精神は共振している。しかし、これがデイヴィソニアンやマクガヴァナイトということになると、ウィルソニアンとはつながりようがないだろう。この両者の間には共通項が一切ない。

ここ一年ほどの間に、トランプ政権への近さで一気に頭角を現したハドソン研究所(hudson.org)のアーサー・ハーマンは、トランプ大統領は「ウィルソンの亡霊」をついに追い払ったとの賛辞を惜しまない。トランプは、人類の公益を推し進めることになど関心はない、トランプはアメリカの国益を追求すると。さらにトランプにとってアメリカは理念ではなく、競争的な世界の中で他の大国と競合する大国だと。トランプを経て、アメリカは無駄な装飾を払拭し、やっと普通のグローバルなスーパーパワーになる、そうした賛辞だった(8)。

※続きはこちら:普通の大国として振舞うトランプ外交誕生の文脈──アメリカン・ナショナリズムの反撃(2)

[注]
(1)Walter Russell Mead, Special Providence: American Foreign Policy and How It Changed the World (New York: Alfred A. Knopf, 2001); Henry Kissinger, World Order: Reflections on the Character of Nations and the Course of History (New York: Penguin, 2014), p. 268.
(2)David Armitage, The Declaration of Independence: A Global History (Cambridge: Harvard University Press, 2007), p. 1.
(3)斎藤眞「世界史の中の独立と革命」『アメリカとは何か』(平凡社ライブラリー、一九九五年)九二─一二三頁。
(4)『特別な摂理』は二〇〇一年に刊行されているが、二〇〇〇年の大統領選挙共和党予備選挙で「ストレート・トーク・エクスプレス」の異名をとり、筆頭候補のジョージ・W・ブッシュを脅かしたマケイン・キャンペーンのことが念頭にあったということだろう。Walter Russell Mead,"Jacksonian Revolt: American Populism and the Liberal Order," Foreign Affairs (March/April 2017); Mead, Special Providence, p. 86.
(5)Mead, Special Providence, p. 90.
(6)トランプ自身がどれほど自覚的だったかはまったく不明だが、ハリケーン・カトリーナで被害を受けた旧デイヴィス邸ボーボワールを修復するために、トランプは二万五〇〇〇ドルを寄付している。
(7)Thomas J. Knock, The Rise of a Prairie Statesman: The Life and Times of George McGovern (Princeton: Princeton University Press, 2014), p. 429; 茶城麻優子「マクガヴァン主義の遺産―1972年大統領選挙と超党派外交の崩壊」慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士論文(二〇一七年)[未公刊]。
(8)Arthur Herman, "Trump Banishes Woodrow Wilson's Ghost," National Review Online, November 27, 2017 , accessed on February 14, 2017.

中山俊宏(Toshihiro Nakayama)
1967年生まれ。青山学院大学大学院国際政治経済学研究科博士課程修了。博士(国際政治学)。津田塾大学国際関係学科准教授、青山学院大学国際政治経済学部教授を経て、現職。専門は、アメリカ政治・外交。著書に『アメリカン・イデオロギー―保守主義運動と政治的分断』『介入するアメリカ―理念国家の世界観』(ともに勁草書房)などがある。

当記事は「アステイオン88」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



『アステイオン88』
 特集「リベラルな国際秩序の終わり?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン米大統領、2023年個人資産の状況に変化な

ワールド

中国製ドローンの関税引き上げを提案、米下院の共和党

ビジネス

TSMC米工場建設現場でトラック運転手搬送、爆発通

ビジネス

NZ乳業最大手フォンテラ、海外消費者向け事業撤退を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中