最新記事

米軍事

トランプ政権の新国防戦略をうのみにするな

2018年2月1日(木)10時00分
辰巳由紀(米スティムソン・センター日本研究部長、キャノングローバル戦略研究所主任研究員)

アメリカは中国との武力衝突を望んでいない shutterstock

<トランプが発表した新国防戦略の基調は対中強硬だが、アメリカに中国と本気で事を構える気はない>

2017年末から1月にかけて、ドナルド・トランプ政権の安全保障政策の核となる重要文書の発表が続いた。12月の国家安全保障戦略に続き1月19日には国家防衛戦略を公表。今後これらの下部文書と位置付けられる国家軍事戦略、核戦略見直し(NPR)、弾道ミサイル防衛戦略などが随時発表される。

トランプ政権の国家安全保障戦略と国家防衛戦略がバラク・オバマ政権、さらにその前のジョージ・W・ブッシュ政権とも決定的に異なるのは、アメリカの安全保障を脅かす最大の脅威は「大国間の戦略的競争」であると明言した点にある。「イスラム教過激派によるアメリカに対するテロ行為」については安全保障上の脅威であると認めながらも、その重要度は大国間競争に次ぐものとした。

また、中国とロシアを既存の秩序を覆そうとする勢力であると言明し、両国がアメリカの国際社会における影響力の弱体化を目指す「戦略的競争相手」であると明確に位置付けている点もブッシュ、オバマ政権と異なる。特に中国については、軍事力の増強だけでなく、情報活動や世界各地で経済支援や投資の名の下に展開している「対象国を食い物にするような経済活動」にも国家防衛戦略の中で言及。強い警戒感をあらわにした。

政権にとっての戦略的優先順位の中で、日本を含むいわゆるインド太平洋地域が中東の上位に位置付けられていることも、テロとの戦いを最優先課題に掲げてきたブッシュ、オバマ両政権とは異なる。

日本にとっては朗報のように思える。01年以降の米政権を振り返ると、リチャード・アーミテージ元国務副長官、マイケル・グリーン元国家安全保障会議アジア担当上級部長など、日米関係に多くの知見を有する人材が次々と政権入りしたブッシュ政権は、発足当初こそアジア重視、日米同盟重視の姿勢を強く打ち出していた。

しかし、01年9月11日の同時多発テロ発生後は、その戦略的関心の大部分が中東にシフトしてしまった。

オバマ政権は2期目でアジア太平洋リバランス戦略を打ち出したものの、1期目は中国に対して関与を軸にする政策を取り、当時既に東シナ海の空・海域で中国軍や中国海上保安機関の動きの活発化を目の当たりにしていた日本にとっては、不安材料になっていた。

これらの政権と比べれば、中国に対する警戒感をはっきり打ち出し、同盟国との関係強化をうたうトランプ政権の方針は歓迎すべきだ、という声が出ても不思議ではない。

対中コンセンサスがない

しかし日本にとって悩ましいのは、国家安全保障戦略も国家防衛戦略も、中国に対する非常に厳しい言及の一方で、中国と正面から戦争する意思はないことも明らかにしている点だ。つまり、中国を「戦略的競争相手」として警戒しつつ、アメリカはギリギリのところで中国との武力衝突を望んでいない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

政府関係者が話した事実はない=為替介入実施報道で神

ワールド

香港民主派デモ曲、裁判所が政府の全面禁止申請認める

ビジネス

英アーム、通期売上高見通しが予想下回る 株価急落

ワールド

ガザ休戦案、イスラエルにこれ以上譲歩せずとハマス 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中