最新記事

映画

元アメフト選手が見せるALS患者のリアル

2017年9月7日(木)11時30分
大橋 希(本誌記者)

妻ミシェル(右)と息子リバース(左)の存在が、グリーソンに生きる勇気を与えた (c)2016 DEAR RIVERS, LLC

<わが子に宛てたビデオ日記から始まったドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』>

「彼はピーター・パンみたいな人だった。若くて、自由奔放で、すごくハンサムで頭が良くて。精神的なものに興味があったり、トラックを植物油燃料で走らせたりと、普通のスポーツ選手とは全然違っていた」

アメリカンフットボールの元人気選手スティーブ・グリーソン(40)の妻ミシェル・バリスコは、恋に落ちた理由について、本誌の取材にそう語った。その後に彼が経験することになる過酷な変化を、2人は共に乗り越えてきた。

グリーソンは08年、NFLのニューオーリンズ・セインツを引退。3年後にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された。認知能力は残るが運動神経が少しずつ侵され、体を動かすことも会話も呼吸もできなくなる難病だ。人工呼吸器がなければ平均余命2~5年と言われる。

【参考記事】スター・ウォーズ 映画公開3カ月以上も前に仕掛ける秘策

診断後間もなくミシェルの妊娠が判明。今の自分を記録しておきたい、父親として子供に伝えるべきことは伝えたい――そう考えたグリーソンは、わが子に宛てたビデオ日記を撮り始める。それに、友人2人が一家を撮影した映像を合わせてできたのがドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』だ(日本公開中)。

それは病と闘う人間の強さだけでなく、葛藤や対立、病の進行も容赦なく見せつける。グリーソンの場合、腕などの筋肉がちくちくするのが症状の始まりだった。愛らしい息子リバースの成長と反比例するように、やがて自力で動けず、ろれつが回らず、便も出せなくなっていく。絶望のあまり何かを殴りたいのにできず、涙ながらに大声で叫ぶ姿には胸が締め付けられる。

ミシェルは持ち前の大らかさで彼を支えるが、体が利かなくなっていく姿を見るのは耐え難かったと話す。「今の彼は、失うべき機能は全て失った状態。視線入力と音声合成の機器でコミュニケーションしているが、肉声による会話はできない。肉体的な触れ合いがなくなってしまったことも私にはつらい」

それでも2人は前を向き、やるべきことをやっていく。ALS患者への支援活動を行う非営利団体チーム・グリーソンを設立し、音声合成機器に保険適用を認めるスティーブ・グリーソン法も実現させた。多くの患者や家族にとって彼はヒーローだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中