最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

傷ついた人々が95万人──ウガンダの難民キャンプにて

2017年7月11日(火)17時10分
いとうせいこう

さて、ビディビディは5つのゾーンに分かれており、もともとは昨年の8月に始まった居住区であり、MSFは緊急の対応としてすかさず包括的医療とWATSAN(水と衛生)のスタッフを送り込んだが、居住区はなんと12月にはいっぱいになってしまい、インベピを増設するに至ったとのこと。現在、他の人道団体を含めて食糧、住宅ともにうまく供給が出来ているのだそうだ。

ただ、これから本格的な雨期がくるのでマラリアや、水を介した感染症、栄養失調があやぶまれ、実際に下痢の症状が幾つか見られるため、衛生教育も開始するところだという。

ベラはとても熱意のあるしゃべり方をする、いかにもMSFらしい女性で、それをドゥニが優しく見守るコンビネーションのようで、居住区のオリエンテーションは立板に水で続いた。

現在、MSFでは全域を対象に水や住まい、感染症に関する満足度を調査中で、心理ケアのために心理療法士を導入し、PTSDの治療にも乗り出し、また性暴力にも対応していること。なんと難民女性のうち、10人に7人がレイプされているのだとベラは言い、深いため息をついた。その心理ケアをなくすべきではないと彼女は強調し、俺も大きくうなずいた。

難民はただ逃げてきているわけではない。その間に身の毛もよだつような体験をし、多くの死者を見、金や土地を奪い取られ、男性女性を問わず性暴力被害にあっているのである。そうした傷ついた人々が95万人存在していることへの想像を失うべきではない。

まして「難民はただ金のために国を移動しているんだろう」というような、国際感覚からひどくずれた把握が散見される日本の政治家たちには、是非彼らの様子を彼らの中に入って知って欲しいと思う(その意味では、岸外務副大臣による、ウガンダで開かれる南スーダン難民支援会合への出席は大変よい機会だろう)。

ベラの説明に戻ると、ビディビディ居住区はその当時、なんとほぼ9割が女性か子供なのだそうだった。あたりの風習として、一人の女性が5、6人生むのが当たり前だとのことで、難民キャンプでも日に日に子供が増えていくのだそうだ。これは言われてみないとわからないことだった。

また男性、特に若者は最後の最後まで自分たちの家の財産を守ろうとし、南スーダンでは牛がその財産そのものなのだそうだが、それを手放すまいと政情厳しい土地に残る。だからこそ、ますますキャンプが女性と子供だらけになるのであった。

「ただし」

とベラは言った。ドゥニはそれを見ていた。

「そんな若者さえ、次第に避難をし始めているから、南スーダンの状態はよほど悪いということになるわね」

再びベラはため息をついた。

ここウガンダにいてさえ、南スーダンの中は危険で先祖代々の土地を棄てなければならないほどだとわかった。それを日本の自衛隊が救おうとし、しかしなぜ武器を携行すべきだったかのか俺にはわからなかったし、突然任務を解除されて戻らねばならない彼らの悔しさや中途半端さが理解出来る気がした。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ペトロブラス、CEO交代で株価急落 政治介入拡大懸

ビジネス

ディズニー、従来型テレビネットワーク向け投資大幅削

ワールド

イスラエル国防相、ガザ戦後統治で首相に異議 軍事支

ビジネス

米アマゾン、40年まで独で84.4億ドル投資 欧州
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中