最新記事

医療

乳癌マンモ不要論の衝撃

40代女性の乳房X線撮影は効果なし──専門家の勧告にアメリカの女性たちが猛反発する理由

2010年1月18日(月)16時37分
パット・ウィンガート(ワシントン支局)

 アメリカの成人女性の大半は、40代の知人を乳癌で亡くしたことがあるだろう。だから米政府の予防医学作業部会が11月16日に発表した新たな勧告は、乳癌予防に努めてきた女性たちに衝撃を与えた。

 勧告によると、50歳未満の女性が乳癌から身を守る上でマンモグラフィー(乳房X線撮影)と自己検診はほとんど効果がなく、勧められないという。勧告の狙いは若い女性が不必要な放射線照射や組織検査を受けるリスクを減らすこと。この勧告を支持する強力なデータもある。

 しかし多くの女性が勧告に反発し、マンモグラフィー検診を受ける機会を今までどおり40代の女性に与えるよう求めている。

「乳癌には用心しなさい。早期発見なら助かるかもしれない──私たちは20年前から女性にそう言い続けてきた」と、全米女性健康ネットワークのシンディー・ピアソンは語る。

 マンモグラフィー検診に関する否定的な見解は以前からあった。カナダでは92年、マンモグラフィー検診は40〜50歳の閉経前の女性の死亡率改善に効果なしとする研究結果が出ている。

 研究者たちは前から、マンモグラフィー検診は閉経後のほうが高い成果が得られることを知っていた。閉経後は乳腺密度が低くなるため、検診の精度が上がるのだ。

16年間が無駄になった

 アメリカ癌協会(ACS)が40歳からマンモグラフィー検診を受けるべきだと主張し始めたのは83年。マンモグラフィーが若い年齢層に極めて効果的だというデータが確立されたわけではなく、乳癌の発症率の上昇という事情が背景にあった。

「私たち全米女性健康ネットワークは93年から、40代の女性にはマンモグラフィー検診があまり効果がないことを示す十分な証拠があると伝えてきた」とピアソンは言う。「女性たちは、若い女性を対象にした別の検診法の開発に使えたはずの16年間が無駄にされたことに怒るべきだ」

 40〜49歳の女性の場合、マンモグラフィー検診は乳癌による死亡率を15%しか減らせないとされる。一方で、誤診の確率がかなり高く、不必要な組織検査を受けさせられたり、無用な心配にさいなまれる恐れがある。癌のリスクが少ない家系で自覚症状もない若い女性は、メリットとデメリットを慎重に検討する必要がありそうだ。

 専門家たちは何年も前から、マンモグラフィー検診を受け始めるべき推奨年齢を50歳に引き上げるべきかについて議論してきた。「年齢が上がるにつれ、メリットが増え、デメリットが減るのは確かだが、推奨年齢を何歳にするかを決めるのは難しい」と指摘するのは、今回の勧告のための調査に協力したハイディ・ネルソンだ。

 ACSと米放射線医学会は、40代女性のマンモグラフィー検診は利点が欠点を上回ると主張してきたが、米内科医学会と全米女性健康ネットワークなどは反対。専門家の間で意見がまとまらないまま、「マンモグラフィー検診は40歳から50歳の間に受け始めるべきだ」というのが通説になった。

新しい検診法が必要だ

 作業部会が新たな勧告を発表するとすぐに、ACSや米国産婦人科医師会などが抗議の声を上げた。ACSのオーティス・ブローリーは、作業部会はマンモグラフィー装置の性能が改善される前の古い研究に頼り過ぎだと批判している。

 だがすべての専門家の間で意見が一致していることもある。医師との相談の上で、自分の健康状態と癌のリスクに基づいて下した判断が最善のものだということだ。癌のリスクが高い女性は早期にマンモグラフィー検診を受け始めるべきかもしれない。いずれにせよ、すべての女性は年に1度は医師による乳癌検診を受けるべきだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国恒大、23年決算発表を延期 株取引停止続く

ワールド

米政権、大麻の規制緩和へ 医療用など使用拡大も

ビジネス

アマゾン、第1四半期業績は予想上回る AIがクラウ

ビジネス

米研究開発関連控除、国際課税ルールの適用外求め協議
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 5

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 6

    なぜ女性の「ボディヘア」はいまだタブーなのか?...…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 10

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中