大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」
SFを超える「GNR」
『一九八四年』(ジョージ・オーウェル)、『すばらしい新世界』(オルダス・ハクスリー)、『われら』(エブゲーニイ・ザミャーチン) の「ディストピア3部作」はSFの定義を広げた作品だ。最も影響を受けたのは『一九八四年』で、この作品からSF小説のある種の能力、現実主義の文学では不可能な角度から現実に干渉する能力を発見した。
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『一九八四年』は文学では必ずしも高い地位になく、主に政治と社会学の領域に影響を与えている。『一九八四年』の出現こそが本当の1984年を『一九八四年』たらしめなかったと考えている人もいるほどである。これはもちろん大げさだが、SF文学は想像する楽しみを人々に与えること以外、そのほかの文学ジャンルが到達できない現実の力を有してもいる。
「3部作」の中で最も暗い『一九八四年』は、実際には最も光に満ちた作品でもある。その中の人間性は抑圧されてはいるが、少なくとも存在しているからである。『すばらしい新世界』と『われら』の描く世界では、人間性は技術の中に消えうせている。この種の暗黒は、現実主義の文学で表現するのがとても難しい。
レイ・カーツワイルの『シンギュラリティは近い』(『ポスト・ヒューマン誕生』の邦題もあり)はSF小説ではない。だが、その中の人工知能(AI)やナノ技術、遺伝子テクノロジーに対する予測ははるかにSFの想像力を超え、SFを書く人間に深い衝撃を与える。
『シンギュラリティは近い』
レイ・カーツワイル[著]
邦訳/NHK出版
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2つ例を挙げよう。1個のレンガ大の計算機が1時間に行う計算量は、人類の有史以来のあらゆる思考量を超える。宇宙では粒子一つ一つが知能システムを取り入れ、知的な宇宙を成り立たせているかもしれない――SF小説からではなく、現在の技術理論に基づいて予測した結果である。
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