最新記事

インタビュー

「撃たれやすい顔」を検知する「銃」──現代美術家・長谷川愛とは何者か

2019年8月14日(水)16時20分
Torus(トーラス)by ABEJA

勉強はまったくしなかった。成績は最悪。私は大学は行かなくていいけど、弟は大学に行くべきだと思っていました。振り返ると本当に馬鹿らしい思い込みだと思いますが......。

将来を考えようにも、周りの女性たちはパートで働くか専業主婦ばかりでした。仕事を楽しむ女性はほとんど会えなかった。中学の頃は楽しい未来が全然想像できなくて、高校に入れなかったら尼になろうと思っていたくらいです。

高校卒業後はプログラミングを学ぼうかと考えていたところ、父が岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー(通称 IAMAS)の情報を教えてくれました。県立で学費も安かったしプログラマーの勉強もできた。だけど私はプログラミングがまったく身につきませんでした。理数科目が苦手だったので、当然といえば当然なのですが。

宗教から科学技術へ

IAMASでは当時、アニメやCG、メディアアートなどの分野で個性的な人材が集っていた。豊かで深い作品に衝撃を受け、自らも作るようになる。

当時神様が困っている人の前に現れるんだけど助けてくれない、というストーリーのアニメやCGを作ってました。宗教信者の親への最大の反抗、のつもりでした。

在学中、転機が訪れました。同じマンションの同じ階に住んでいた友だちが21歳でガンで亡くなったのです。彼の葬式に参列し気づいたのは、私には死を優しくケアしてくれる「ファンタジー」はもうないことでした。実家から出て親の信じる宗教から離れることができた。だけど同時に、悲しみや絶望を癒やす宗教の「ファンタジー」も失ったのです。気づかぬうちに宗教は私の心の拠り所になっていたのだと、この時改めて思いました。

宗教という「ファンタジー」を手放した私にとって、替わりとなった拠り所が科学技術でした。友人の死を受けて、アニメーション作品を作りました。人体は粒子でできていて、亡くなった後は燃やされてパーティクル(粒子)に戻る。それをヒントに、自分とそれ以外を隔てる境界線はなく、亡くなった友人も、ずっとこの世界に偏在しているのだ、という思いを作品に込めました。

今までの作品に、生と死といったテーマに科学技術を組み合わせた作品が多いのは、この時の体験が大きく影響していると思います。

torus190814hasegawa-1-4.jpg

人と人はわかり合えない。ならばオスザメを魅惑する

その後、イギリス人アーティストと恋に落ち、彼と一緒にロンドンに渡る。一切英語が喋れないにもかかわらず。

最初は英語が全然わからず、話せずで。辞書を片手に鉛筆と紙で筆談でコミュニケーションを取っていました。言葉の壁は気持ちで乗り越えられると思っていましたが、結局彼とは別れてしまいました。

言葉を尽くしても、五感や行動で示しても、人と人がわかり合うのは難しい。むしろ言葉があることで理解し合えるということが「幻想」なら、どうせわかり合えないのなら、もはや相手は人間でなくてもいいのではないか? ならば、一番人間から遠い未知の生物とつながってみたい。その思考から生まれのが、サメを魅惑する香水制作の可能性を探るリサーチプロジェクト"Human X Shark"です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は小幅続落で寄り付く、ハイテク株安い

ワールド

コンゴでクーデター未遂、首謀者殺害・米国人含む50

ビジネス

大和証G、27年3月期経常益目標2400億円以上 

ワールド

ロシア裁判所、ドイツ銀とコメルツ銀の資産差し押さえ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中