最新記事

映画

衝撃の話題作『サウルの息子』のネメシュ・ラースロー監督に聞く

独特のカメラワークに引き込まれ、観客はアウシュビッツの極限状態を目の当たりにする

2016年1月25日(月)16時45分
大橋 希(本誌記者)

狂気の任務 サウルを演じるルーリグ・ゲーザの緊張感に満ちた表情も素晴らしい ©2015 Laokoon Filmgroup

 ナチス・ドイツのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を描いた映画はいくつもあるが、これまで感じたことがないほどの強烈な印象を残すのが『サウルの息子』だ(日本公開中)。ハンガリー出身のネメシュ・ラースロー監督(38)の長編デビュー作であり、昨年のカンヌ国際映画祭でいきなりグランプリを獲得、2月に授賞式が行われる米アカデミー賞でも外国語映画賞にノミネートされている(おそらく獲得するだろう)。

 舞台は44年10月のアウシュビッツ・ビルケナウ・ナチスドイツ強制・絶滅収容所。ハンガリー系ユダヤ人のサウルはここで、「ゾンダーコマンド」として働いている。ゾンダーコマンドとはナチスに選別され、同胞のユダヤ人の処理(ガス室への誘導から遺体の焼却、灰の処分まで)に当たる特殊部隊。おぞましい任務に就いている彼らも、いつかは殺される運命だ。サウルはある日、遺体処理の最中にガス室で息子とおぼしき少年を発見する。そしてユダヤ教の教義にのっとり埋葬しようとするところから、物語が回り始める――。

 自身の祖父母もガス室に送られ、そのことに「幼少期からオブセッションに囚われるぐらい深く執着していた」というラースロー監督に話を聞いた。


webc160125-2.jpg

「第二次大戦について語られる場はまだまだ足りない」と言うラースロー ©2015 Laokoon Filmgroup

――作品が生まれたきっかけは。なぜゾンダーコマンドについて映画化しようと?

 ホロコースト60周年だった10年前に、初めてゾンダーコマンドの存在を知った。当時出版された彼らの手記を読み、これは非常に重要なテーマだから絶対に映像にしないといけないと思った。

――あなたの親族も収容所で亡くなっている。それはあなたにどんな影響を与えていると思うか。

 すごく答えが難しい質問だ。例えば日本人や、日本の子供たちは原爆についてどう思うのかと聞くのと、同じことだと思うから。基本的には、世界でもヨーロッパでも第二次大戦について語られる場、教えられる場がまだまだ足りないし、もっと教育していかなくてはならないと感じている。社会として、そういう問題をオープンに語っていかなければならないと思う。

――これから世代交代が進むにつれ、戦争の歴史はますます忘れられていく心配があるのでは。

 もちろんそういう方向に向かっていくのは仕方ないことだ。でも、それに抗うのは悪いことではないし、自然なことだと思う。忘れてしまうことに抵抗する人たちがいてもいいんじゃないか。

――この映画が独特なのは、カメラがひたすらサウルの表情を追い掛けるところだ。脚本の段階から考えていた?

 あのカメラワークを大前提に脚本を書いた。狙いは単純で、恐怖をどれだけ肌で感じることができるか、どれだけリアルに伝えることができるかだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

6月利下げへの過度な期待は「賢明でない」=英中銀ピ

ビジネス

グローバル株に資金流入、1カ月半ぶり大きさ=週間デ

ワールド

ロシア軍、ウクライナ北東部ハリコフ地域を攻撃 戦線

ワールド

ウクライナ、F16戦闘機6月にも入手の可能性=軍関
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカネを取り戻せない」――水原一平の罪状認否を前に米大学教授が厳しい予測

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 9

    「一番マシ」な政党だったはずが...一党長期政権支配…

  • 10

    「妻の行動で国民に心配かけたことを謝罪」 韓国ユン…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 7

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中