コラム

中国は女性の身体と人権を「国有化」...「低出生率の罠」を脱出できるか

2022年01月06日(木)17時23分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
中国政府の女性支配

©2022 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<子供を産むか産まないか、産むなら何人産むか。中国では、これらを決めるのは親でなく共産党と国家。そこには政府の「焦り」がある>

「子供は1人でいい」。世界中の誰もが知る、この中国特有の人口抑制の国策「1人っ子政策」は2015年に「2人っ子政策」に、さらに最近突然「3人っ子政策」に変わった。

21年12月、中国の官製メディアは「3人っ子政策を実行するため、党員や幹部らは行動を見せるべき」という社説をネットに載せた。「あれこれと口実をつくって1人や2人だけで済ませるのはいけない。3人っ子政策の実行は、全ての党員と幹部にとって国の人口を増やすための責任と義務だ」という内容だ(なぜかすぐに削除されたが)。

1979年、中国政府は「一組の夫婦が子供を1人だけ産む」国策を実行し始めた。計画経済で生じた資本や資源、物資の不足を人口抑制で和らげることが目的だ。人口の急増は確かに抑えることができたが、急速な社会の高齢化や、人手不足による人件費高騰も招いた。中国国家統計局の21年度のデータによると、今の中国は60歳以上の人口が2億6402万人で、全人口の18.7%を占める。これがある学者の予測では、35年になると4億2000万人に達する。

「養児防老(子供を育てるのは老後に備えるため)」は、農耕社会に生きた中国人の根強い伝統的観念だ。そのため、かつて1人っ子政策を推し進めるとき、政府は「1人だけ産めばよい、老後の生活は政府が面倒を見る」と約束した。しかしそれは口先だけで、年金も医療保険も不十分。子育て費用も高騰する一方で、子供を望まない若い夫婦も増え続けている。20年の中国の出産適齢期女性の合計特殊出生率はたった1.3。中国は「低出生率の落とし穴」にとっくに落ちている。

中国政府が慌てて3人っ子政策を進めようとしているのは、それが理由だ。1人っ子政策時代に1人以上産んだ場合、高額の罰金や停職処分、昇進の見送りといった罰を受けなければならなかったように、政府が強制手段を使う可能性は十分ある。

子供を産むか産むまいか、そして子供の数は、親でなく党と国が決める──習近平国家主席が「全過程の民主」だと訴える社会主義国家・中国では、女性の子宮は母親ではなく、国と党に属している。

ポイント

低出生率の落とし穴
出生率1.5を長く下回った結果、子供が少ない状態が当たり前になり、脱出できない状況を言う。「低出生率の罠」とも。長期間1.5を下回り、脱出できた国はない。

全過程の民主
2019年の重要会議「4中全会」後に習近平が言った言葉。共産党の全ての政策は選挙の有無とは関係なく、中国的には完全に民主的なシステムを通じて決まるという意味。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハリコフ攻撃、緩衝地帯の設定が目的 制圧計画せずと

ワールド

中国デジタル人民元、香港の商店でも使用可能に

ワールド

香港GDP、第1四半期は2.7%増 観光やイベント

ワールド

西側諸国、イスラエルに書簡 ガザでの国際法順守求め
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story