コラム

日本の生産性低下を招いた、2つの根本的な原因

2018年12月20日(木)15時15分

ですが、そうした産業構造のシフトは遅れてしまいました。資金不足ということもありますが、教育や人事制度などが中進国型であったことが、大きく足を引っ張ったのです。その結果として、日本経済全体としては競争力を喪失していったのです。アジア諸国の価格破壊に敗北したのではなく、より高付加価値な経済への脱皮に失敗したのです。バブル崩壊はその結果であり、原因ではありません。

2つ目の誤解は、現在、日本の多国籍企業の多くは史上空前の利益を上げている、それにもかかわらずそのカネが日本国内に還流しないのは、各企業が「ケチ」であり、賃上げや設備投資を怠っているからだという批判的な解説です。

多国籍企業の多くが空前の利益を上げているのは事実ですが、ではその利益はどこから来るのかというと海外市場からです。例えば、自動車産業の場合は、北米が稼ぎ頭ですが、昔のように大量の完成車輸出はしていません。商品企画や技術開発、デザインなども海外、生産はもちろん海外、部品も多くは海外となっており、売り上げも利益も海外で発生します。

もちろん日本企業の場合は決算をすると、そうした海外子会社の利益も全部連結されますし、アベノミクスの円安のおかげで円建てでは膨張して見えます。史上空前の利益というのは、そういうことです。では、海外で稼いだカネはどこへ行くのかというと、日本の本社が貯め込んでいるのではなく、海外に再投資されるのです。

普通、産業の空洞化と言うと、生産コストを下げるために、途上国などに生産拠点を出していくわけです。ところが日本の多国籍企業の場合は、生産を市場に近接したところへ出していくだけでなく、多くの場合は先端的な研究開発の機能まで他の先進国に出してしまっています。

結果として、日本国内にはそれこそ非効率な日本語による事務機能や、サービスの安売りしか残らないということになります。多国籍企業は別にケチなのではありません。売上利益は史上空前でも、その半分以上は海外で発生して海外で再投資され、従って国内の生産性の基本となるGDPにも入らないのです。

日本経済の生産性を問題にするのであれば、この2点の誤解を解き、日本経済の置かれた問題をキチンと認識することがまず必要と考えます。

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プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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