コラム

シリア情勢に影を落とすロシアとトルコの歴史的確執

2015年11月26日(木)16時00分

ロシアの戦闘爆撃機が撃墜されたシリアとトルコの国境地帯 Sadettin Molla-REUTERS

 今週トルコとシリアの国境付近のおそらくはシリア上空で、ロシア空軍のスホイ24(Su-24、後期型のタイプM)戦闘爆撃機がトルコの領空を侵犯したとして、トルコ軍のF16型戦闘機に撃墜されました。ロシア機はシリア領内に墜落した、と報じられています。トルコ軍は、国籍不明機が領空を侵犯し、警告をしたが領空侵犯を続けたために撃墜したと主張しています。

 この事件は、当初「ロシアとNATOの緊張が高まっている」とアメリカで大きく報道されましたが、その後の報道はやや沈静化しています。背景にある問題が非常に複雑ですので、今後の影響を考えるのは簡単ではありません。本稿では、とりあえず以降の推移を予測する上での観点を整理しておこうと思います。

 まず、撃墜の経緯ですが、本当にロシア機はトルコの領空を侵犯していたのでしょうか? ニューヨーク・タイムズの報道によれば、この墜落現場はシリアの地中海沿岸から25キロほど内陸に入ったところで、そこへ北からトルコの領土が下向きの半島のように突き出しています。そのトルコ領の「突き出し」は2キロの幅しかなく、ロシア機はそこを横切る形で侵犯をしたというのです。

 ですが、スホイは仮に巡航速度だったとしても、マッハ0.9つまり時速1000キロ前後で飛行していたと思われ、そう考えると2キロの距離を7.2秒で飛んでしまいます。その7.2秒の「侵犯」に対して、トルコが攻撃したということになります。仮にトルコ領土の最先端であれば、その7.2秒はもっと短くなります。

 ですから、本当に侵犯があったのかどうかは、レーダーの誤差等を考えると100%の確度ではわかりそうもありません。一方ロシア側も、そのようにトルコ領の「先端」を「かすめる」ように飛行して、挑発していた可能性もあります。

 乗員の生死の問題もよく分かりません。現時点では、撃墜されたロシア機の乗員2人が、ミサイルをロックされた時点で脱出して、パラシュート降下している動画が出回っています。ですが、その降下の際に銃撃されたということで、1人が死亡したという報道があります。また、ロシアの救援ヘリが攻撃を受けたという報道もあります。それ以前の問題として、炎上したロシア機やパラシュート降下に関する、ここまで鮮明な動画が出回っていることについても、背景や事情がありそうです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

EU、「グリーンウォッシュ」巡り最終指針 ファンド

ビジネス

エーザイ、内藤景介氏が代表執行役専務に昇格 35歳

ビジネス

米ボーイング、4月商用機納入が前年比2機減の24機

ワールド

ロシア、潜水艦発射型ICBM「ブラバ」本格配備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story