コラム

9.11テロ後、グアンタナモ収容所に14年拘束された『モーリタニアン 黒塗りの記録』

2021年10月28日(木)19時00分

ひとつは、中心となる三者がそれぞれにもうひとりの登場人物と対置されることで、その姿勢が見えてくることだ。

ナンシーは若手弁護士のテリーと行動をともにする。彼らは、強制開示請求に訴えることで、2008年にやっと政府が機密扱いする調査資料を閲覧できるようになるが、そこにはモハメドゥが自白したことを示す記録も含まれていた。テリーはその事実に激しく動揺し、取り乱す。ナンシーは表情も変えずに彼女をチームから外し、作業をつづける。ちなみに本作の前半部でナンシーは、「無実かは関係ない。拘禁の不当性を証明するだけ。同情は不要」と語っていた。

カウチは、9・11でハイジャックされた機の副操縦士だった親友の無念を晴らそうと意気込むが、彼にもたらされた報告書は、尋問の日付や状況が曖昧で、とても証拠にはならない。その報告書に、訓練生時代の同期であるニールの名前があることに気づいたカウチは、連邦捜査官である彼に会い、報告書のもとになった記録用覚書には、尋問方法から証言内容まですべてが記されていることを知る。

カウチはなんとかその記録用覚書を手に入れようとするが、ニールはそれを拒む。執拗に付きまとうカウチにニールは、副操縦士だった彼の親友がいかに無残な死を遂げたのかを説明し、「誰かがその報いをうけなくては」と語る。これに対して、カウチは「だが、誰でもよくはない」と答え、ニールは動揺する。

モハメドゥは、ひとりの被拘禁者と親しくなる。仕切りでお互いの姿は見られないが、番号ではなく、お互いの出身地からモーリタニアンとマルセイユと呼び合い、言葉を交わす。モハメドゥは、ユーモアを忘れず、英語を習得し、故郷にいる自分を想像し、過酷な状況に耐えつづけるが、マルセイユは次第に絶望にとらわれ、やがて接触できなくなる。モハメドゥは自暴自棄になりかけるが、ナンシーが彼を励まし、すべてを書くように説得する。

手記の意味が、独自の視点と表現で掘り下げられる

こうして三者が同じ方向を向き、核心に迫っていく。

そして、もうひとつ注目しなければならないのが、独特の映像表現だ。モハメドゥが手記を綴る姿は、他と同じスコープサイズで描かれるが、回想シーンはスタンダードサイズに変わる。それはモハメドゥが感じる閉塞感を表しているが、後半では画面サイズの違いが異なる効果を生み出す。

カウチから「だが、誰でもよくはない」と言われ、動揺したニールの脳裏に、グアンタナモで彼がモハメドゥを尋問したときのことがよみがえり、その光景がそのままモハメドゥの回想に切り替わり、そこに細かな編集で三者の視点が次々に挿入されていく。おぞましい記憶に苦しみながら手記を綴るモハメドゥ、グアンタナモから届けられたその手記を読むナンシー、そして、ついに記録用覚書の保管場所に案内され、それを読むカウチ。そんな三者は同じ光景と向き合うことになる。

この場面が持つ意味は、原作のシームズのはしがきにある以下のような記述と結びつく。


「モハメドゥが受けてきた虐待は、強制失踪、恣意的拘禁および隔離拘禁、残虐的待遇および非人道待遇および屈辱的待遇、拷問である。われわれがその事実を知ったのは、やはり長いこと開示されなかった記録文書のおかげなのだ」


「彼がものがたった内容は、機密扱いを解かれた記録文書に書かれていることによく一致する。彼の言葉が信用できることは、何度も何度も証明されている。実際よりも大げさな表現がないことは確実だ」

この場面では、そんな記述が映像を通して巧みに表現されている。決してサスペンスを強調するためだけの脚色ではない。本作では、モハメドゥが書いた手記の意味が、独自の視点と表現で掘り下げられている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

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