コラム

増税があらゆる世代の負担を拡大させる理由

2018年12月21日(金)18時30分

財政の負担は将来世代よりもむしろ現世代が負う

完全雇用時に行われる「民間投資を抑制する」ような赤字財政政策が将来負担をもたらすことについては、既に2018年12月10日付拙稿において、『経済学』第19章の関連箇所を引用しつつ明らかにした。それは、「赤字財政であっても、それを賄うために発行された赤字国債が国内で消化され、かつそれが民間投資のクラウド・アウトをもたらさない場合には、将来世代の負担にはならない」ことを意味する。以下では、「すべての負債が過去の戦争のおかげで生じた」という『経済学』第19章付論の設定を踏襲して、なぜそうなのかを考えてみよう。

戦争には大砲や弾薬が必要であるが、それは通常、増税か国債かのいずれかによって賄われる。ここで、その費用がすべて税金ではなく赤字国債で賄われたとしよう。問題は、その国債発行が将来世代にとっての負担になるのか否かである。その結論は、「そのための国債が国内で消化され、かつ民間投資のクラウド・アウトをもたらさない場合には、将来世代の負担にはならない」である。

その結論を確認するために、資本ストックがまったく存在せず(したがって投資が存在せず)、人々はその時々の所得のすべてを消費にあてているような経済を考えよう。それはいわば、もっぱら狩猟採集によって成り立っているような経済である。この消費だけで投資のない経済においては、大砲や弾薬の生産にどれだけ多くの人力が投じられたとしても、それが将来世代の負担にはつながらないのは自明である。将来世代ももちろん、大砲や弾薬を生産することはできる。しかし、それをタイムマシーンで現在に持ってくることはできない。したがって、この場合には結局、大砲や弾薬を生産する負担は、すべて現世代がその消費の削減という形で負うことになる。というのは、大砲や弾薬の生産に人力が投じられれば、消費財の生産はその分だけ削減される以外にないからである。

その費用を増税で賄うのか国債で賄うのかは、その負担を現世代の中でどのように分かち合うのかの問題にすぎない。それが増税で賄われた場合には、税金によって可処分所得を減らした納税者全体が、消費の削減によってその費用を負担することになる。それに対して、それが赤字国債によって賄われた場合には、自発的に消費を削減して赤字国債を購入した人々がその費用を負担する。

この赤字国債はもちろん、将来の増税によって償還される。しかし、将来世代の生産や所得は国債残高とは無関係なのだから、アバ・ラーナーが言うように、「もしわれわれの子供たちや孫たちが政府債務の返済をしなければならないとしても、その支払いを受けるのは子供たちや孫たちであって、彼らをすべてひとまとまりにして考えた場合には、より豊かになっているわけでも貧しくなっているわけでもない」のである。実際、仮にすべての人々が国債を均等に保有しているとすれば、たとえば「一人の国民が保有する国債額に等しい人頭税を課す」というように同額の増税によってそれを一挙に償還しても、国民が全員一致でその国債を廃棄することに決めたとしても、結果はまったく同じである(2018年12月10日付拙稿で引用したように、この設例は『経済学』第19章付論「公債の負担--その虚偽と真実」の中の一節「負担ゼロの極端な場合」に登場する)。

ただし、「財政の負担はすべて将来世代ではなく現世代が負う」というこの強い結論は、「海外部門も資本ストックも存在しない」という特殊な前提から導き出されており、決して一般的に真であるわけではない。常に真であるのは、将来世代の負担がどうであれ、「政府の支出によって消費を減らさなければならない人々が存在するのであれば、それは明らかにその世代の人々にとっての負担となっている」という事実である。その意味で、財政の負担は多くの場合、将来世代よりもむしろ現世代が負っていると考えることができる。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 6

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story