最新記事
シリーズ日本再発見

日本の炭鉱は「廃墟」「終わった産業」──とも限らない

2018年08月09日(木)16時37分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

海外で生き残る日本の炭鉱技術

石炭は相変わらず人類に欠かせないエネルギー源であり続けており、それはつまり、世界では現在でも数多くの炭鉱が操業していることを意味する。

炭鉱とは「グローバルな共通言語」なのだという。歴史上非常に重要な存在というだけでなく、技術や機械は同じようなものが用いられ、また、そこで培われる文化にも似通った部分があるのだろう。炭鉱の苦楽を共有する者同士は、言語が違ってもすぐに理解し合えるらしい。

日本の炭鉱も「世界で」生き残っている。石炭需要を輸入に依存するようになり、ほとんどの炭鉱が閉山してもなおゼロにはならなかった理由のひとつに、海外への技術移転がある。

実は、高い生産効率を前提に設計されている現代の炭鉱現場は、きつい肉体労働というイメージとは程遠く、複雑な機械を使いこなす技術と高いモチベーション、危険察知能力が必要とされる。安全な操業のためには、熟練者による保安指導が欠かせない。

かつて日本の炭鉱では「生産第一、安全第二」の時代が長く続いた。それゆえ数多くの事故や災害によって、おびただしい数の犠牲者を生んだ。歴史に影を落とす大事故の中には、600人以上の死者を出したものもある。1944年には鉱山災害による死者が2000人を超えた。

そうした時代が過ぎ、産業としては衰退していったが、技術面や管理面では日本の炭鉱はアジアの最先端だった。その後いくつかの炭鉱が「安全第一、生産第二」への移行に成功したことで、炭鉱そのものが閉山しても、その技術を移転する事業は2018年の現在でも脈々と続いている。

当然ながら、国内にも恩恵をもたらしている。新幹線やリニアを通すために全国各地で長大なトンネルが掘られているが、それを可能にしているのも、炭鉱が残した高度な掘削・保安技術だ。

現代産業が炭鉱から学べること

「長い歴史を振り返れば、あらゆる産業は一時的なもの」であると本書は言う。重工業を追いやった日本の電気・電子産業も、シャープや東芝の現状が象徴するように、今では危機的状況に陥っている。そうした「暴力的」なまでの構造転換の余波を最初に受けたのが、石炭産業だった。

同時に、最大で45万人以上の労働者を抱えていた炭鉱の閉山は「戦後最初のリストラ」でもあった。だからこそ、これから大規模な変革が起こるであろう多くの産業にとって、石炭産業が辿った道のりや、そのときに取られた離職者対策や地域振興策などは、大いに参照すべき事例となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で

ビジネス

日本製鉄、USスチール買収予定時期を変更 米司法省

ワールド

英外相、ウクライナ訪問 「必要な限り」支援継続を確

ビジネス

米国株式市場=上昇、FOMC消化中 決算・指標を材
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 9

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 10

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中