コラム

反戦運動と徴兵制

2010年04月24日(土)14時35分

 6月19日から東京・恵比寿の東京都写真美術館ホールで、1974年に製作されたベトナム戦争のドキュメンタリー映画『ハーツ・アンド・マインズ/ベチナム戦争の真実』が公開される。全米テレビネットワークでドキュメンタリー番組を作っていたピーター・デイヴィス監督が、アメリカとベトナムで多くの兵士、政治家、関係者にインタビューして、「共産主義の拡大を阻止する」戦争の大義と、戦場の悲惨な現実との乖離を描く。

 アメリカでは、戦争捕虜となってから帰還した兵士が地元のイベントや学校で講演し、正義の戦争への支持を訴える。ベトナムでは、米軍のナパーム弾や枯れ葉剤で我が子を殺された人たちが怒りを爆発させるー―。製作から35年を経ているが、この映画が提起する問題は今アメリカが抱えるイラクやアフガニスタンの現状を思い起こさせて、とても今日的だ。

 ただ一点、ベトナム戦争当時と現在のアメリカが大きく変わったと感じさせるところがある。それはワシントンのナショナル・モールで開かれたベトナム反戦運動の大集会だ。当時まだ徴兵制度があったアメリカでは、徴兵の対象となる学生が中心に始まった反戦運動は政治を動かす大きなうねりとなった。73年のベトナム戦争和平協定を機にアメリカの徴兵制度は廃止され、志願制度へと移行している。

 イラク戦争開戦時にも反戦運動はあったがベトナム戦争ほどの影響力は持たなかった。その背景には9・11テロ直後で国民の間に報復をやむなしとする機運もあっただろう。ただ仮に徴兵制度が残っていたら、開戦の決断はもっと複雑になっていたはずだ。戦場の恐怖を切実に感じることがなければ、いくらニュースや映像で悲惨な現実に触れても政治を変えようと自ら行動する原動力にはならない。

 アメリカは今もイラクとアフガニスタンに2つの前線を抱える「戦時」だが、それを日常生活で感じさせることは少ないはずだ。テレビを付ければ能天気なコメディやリアリティ番組が溢れている。それが健全なのか不健全なのかはわからない。ただ政府にとって、世論の是認を取る面倒な手間が省ける都合のいい制度になったことは事実だ。

―ー編集部・知久敏之

このブログの他の記事を読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story