コラム

中国・ロシアのスパイとして法廷に立つ「愛国者」──欧米で相次ぐ逮捕劇の背景にあるもの

2024年05月20日(月)21時25分

なぜ “愛国者” が中ロに接近するか

クラフ議員をめぐる疑惑は氷山の一角に過ぎない。

AfDからはこれ以外にも、ペトロ・バイストロン議員がやはりVOEから謝礼を受け取っていた疑惑がもたれている。

一方、ロンドン検察庁は4月22日、「イギリスに不利益を与える情報」を中国に提供していた疑いで2人のイギリス人を逮捕した。このうちの1人は与党保守党のアリシア・ケアンズ議員の調査員を務めた経歴の持ち主だった。

ケアンズ議員は保守党きってのタカ派の一人として知られる。

なぜ “愛国者” を自認する政治関係者の間に、こうした疑惑が目立つのか。

もちろん裁判の途中にある事案が多いため、断定的なことはいえないが、疑惑が確かなものなら、謝礼の金銭に釣られたことは容易に想像される。

とはいえ、それだけとも思えない。

とりわけロシアに関しては、欧米の極右にプーチンとの類似性を見出すことは難しくないからだ。

例えばどちらもポリティカル・コレクトネス、ジェンダー平等、多文化主義といったリベラルな価値観を嫌う。また、どちらも強い国家を志向し、その裏返しでEUへの拒絶反応が強い。そして、どちらも移民とりわけムスリムへの反感が強い。

こうしたプーチンとの思想的共通性はヨーロッパだけでなく、アメリカ、イスラエル、オーストラリアなどの極右にも見受けられる。

だからこそ、ヨーロッパ極右の草分けともいえるフランスの国民連合の党首マリーヌ・ルペンがプーチンから資金協力を受けていたように、ロシアにとって欧米の極右政党はその勢力を拡大させる足場になってきた。

安全保障上の脅威としての極右

ロシアの場合ほど鮮明でないが、中国に関してもやはり欧米の主流派と距離を置こうとする極右にとってはむしろ共通点が多い。

こうした状況は極右への警戒を嫌が上にも高める。

もともとアメリカを含む欧米の各国では近年、極右が「国家安全保障上の脅威」に位置づけられてきた。

そこにはムスリムや黒人といったマイノリティ、あるいはイデオロギー的に対立する者への襲撃・殺害の急増だけでなく、インフラを狙った破壊計画や暴動の煽動などへの警戒もある。

2021年1月のトランプ支持者によるアメリカ連邦議会議事堂占拠事件の衝撃は、こうした懸念に拍車をかけた。

さらに、極右過激主義は治安機関への浸透も懸念されている。アメリカで2023年に数百件の機密情報をリークしたマサチューセッツ州兵ジャック・テシィエラ一等兵には、スリー・パーセンターズやブーガルー(どちらもアメリカの極右団体)などとの関係が指摘されている。

欧米で相次ぐ “愛国者” の疑惑・裁判は、こうした極右過激主義の脅威がさらに拡大していることを示す。極右は国家安全保障上の脅威としてのステージをあげているといえるだろう。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

20240910issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年9月10日号(9月3日発売)は「日本政治が変わる日」特集。派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:FRB当局者、利下げの準備はできていると

ワールド

米共和党のチェイニー元副大統領、ハリス氏投票を表明

ワールド

アングル:AI洪水予測で災害前に補助金支給、ナイジ

ワールド

アングル:中国にのしかかる「肥満問題」、経済低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 3
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 4
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 5
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 6
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 7
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 8
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 9
    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…
  • 10
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 5
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 8
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 9
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story