コラム

日本の所得格差問題を改善するシンプルなやり方

2021年12月15日(水)18時30分

岸田首相が「分配」を重視していることには、日本における所得・資産格差の拡大そして社会が分断していることへの懸念があるのだろう。社会の安定は重要であり、日本社会で観察される様々な分断については筆者も心配である。一方、日本で起きている経済格差は、超富裕層が増えたことで格差が広がった米国などとはかなり異なるが、この点を岸田政権がしっかり認識しているのか筆者は懸念している。

日本における経済格差については、岩田前日銀副総裁の著作である『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社新書)の論考が大変示唆に富む。同書で論じられているのは、1990年代後半からの金融財政政策の失敗によるデフレと低成長によって、非正規労働者の割合が高まりワーキングプアが増え、中所得者の所得水準が低下して生活が苦しい低所得者の割合が高まったことが日本型格差社会を引き起こした、とする説である。筆者自身も同様の問題意識を長年持っているが、そうであれば、超富裕世帯の存在が所得格差を広げている米国と日本で問題になっている所得格差拡大は、大きく異なる経済現象と位置付けられる。

日本型所得格差を縮小させるには

日本型所得格差を縮小させるには、脱デフレを完全に実現して経済成長を高めながら労働市場での人手不足をより強める。そうすれば、所得水準が底上げされ、低所得世帯を減らして1990年頃のように中所得世帯の割合を増やすことができるので、所得格差は縮小する。

低インフレが依然問題になっている日本では、金融財政政策により景気刺激を強めるという教科書通りの政策を行うことで、経済成長を高めることができる。つまり、金融財政政策を徹底することで、日本型所得格差はまだ縮小するのだから、これを実現すれば岸田政権に対する国民の信任はより高まるだろう。

実際には、岸田政権が問題にしている経済格差に対する認識が正確ではないためか、金融所得増税、公的部門の肥大化、更には資本市場に介入する政策、などが重視されているように見える。賃上げを行った企業を対象とした法人税を減税する税制は一定の評価ができるが、減税規模は1000億円程度なのでマクロ的な影響は限定的だろう。

労働者の所得の底上げを実現させたいならば、経済成長率とインフレ率を高める政策を徹底することで、企業が自発的に雇用者の賃金を引き上げざるを得ない経済状況を作ることが必要である。これはシンプルな政策ではあるが、市場経済のもとでは、マクロ安定化政策がしっかり行われなければ、税制による賃上げ政策はほとんど効果を発揮しないだろう。

岸田政権が2022年以降、どのような経済政策運営を行うかは依然不透明である。ただ、経済成長を低める早期の増税が実現するなど、マクロ安定化政策を緊縮方向に転じれば、岸田政権が目指す「分配と経済成長の両立」は到底実現しないと筆者は予想している。そして、日本株市場が、米国株市場に負け続ける構図も変わらないだろう。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story