コラム

ハンブルクG20サミットは失敗だったのか

2017年07月26日(水)17時00分

ハンブルクG20サミットのオフィシャルディナー Kay Nietfeld-REUTERS

<トランプ大統領の行動とハンブルクの街を破壊する暴徒の姿が注目されたG20サミット。2019年の議長国となることが決まった日本は、このG20から何を教訓とすれば良いのか>

7月7日から8日にかけてドイツ北部最大の港湾都市ハンブルクで開催されたG20サミットは、トランプ米大統領が初めて参加しプーチン露大統領と会談する機会ともなったことから注目を集めた。議長国ドイツのメルケル首相はG20首脳会議を成功させるべく時間をかけて準備をしてきたが、結果は満足のいくものではなかった。結局世界に向けて報道されたのはトランプ大統領の行動とハンブルクの街を破壊する暴徒の姿ばかりだったかもしれない。

今回の首脳会議では日本が2019年のG20議長国となることが決まったが、このG20から日本は何を教訓とすれば良いのであろうか。

大都市ハンブルクの警備と暴徒

G20はG7に比べれば参加国数がはるかに多く、参加者やメディア、NGOなどの収容能力を考えると、大都市圏のどこかで開催しなければならなかったというのがドイツ政府の考え方であった。ハンブルクは人口約180万の都市であるが、同時にドイツという連邦国家を構成する16の連邦州の一つでもある。貿易港によって栄えているドイツの中でも豊かな都市都を開催地としたことは、保護主義に反対するドイツのメッセージとしても理解できる。

ハンブルク州の首相(市長)は第1期メルケル政権(2005〜2009年)で労働・社会相を務めたオーラフ・ショルツであるが、ショルツは2011年にハンブルク市長となって以来、高い評価を受けており、社会民主党(SPD)の副党首の一人として、国政についても発言する機会が多かった。2017年の連邦議会選挙に向けたSPDの首相候補としても一時取りざたされていた。

G20首脳会議の開催にあたっては当初から大規模な抗議デモや集会が予定されていたが、首脳会議が開催される見本市会場など街の周辺は大規模に立ち入りが規制され、当局としても治安の維持には配慮していたが、実際には規制区域の外側で大規模な暴動とも言える事態が生じた。デモの際にはドイツでは禁止されている覆面をかぶった極左の暴徒が商店を略奪したり、駐車してある車に火を付けて回ったりするなどしたのである。警察も消防もすぐには十分な対応ができず、市民はハンブルクの街が無法地帯となったかのような恐怖心を感じることとなった。

ハンブルクの町中には極左集団の拠点となっていた施設が以前よりあり、国外からも暴徒となった集団が集結したことから、より万全な対応を取っておくべきであったとの批判もあったが、ドイツ全土から集められた警察は、多くのけが人を出しながらも対応にあたった。暴動は論外であっても、G20における秩序あるデモや反対集会が真っ向から否定されていたわけではない。またG20準備の過程でドイツ政府は市民社会との対話を重視する姿勢も示し、そのような機会も設けていた。大都市の中心部で開催される大規模な首脳会議の警備にあたり都市の機能や市民の安全をどのように暴徒から守るかということに関して、今回のG20は大きな課題を残したと言えよう。

メルケル首相が党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)のハンブルク州議会議員からはショルツ市長の対応を批判し辞任を求める声もあがった。しかしメルケル首相はじめ連邦レベルのCDUの政治家たちはSPDのショルツ市長を批判することなく、G20警備は政府全体の責任であるとしてショルツを擁護している。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロ中、ガス輸送管「シベリアの力2」で近い将来に契約

ビジネス

米テスラ、自動運転システム開発で中国データの活用計

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ワールド

ウクライナがクリミア基地攻撃、ロ戦闘機3機を破壊=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story