コラム

メイカーのメッカ、深セン

2017年03月22日(水)18時23分

メイカーが集まる賽格衆創空間(SEG Maker+)は、賽格広場の中心に建つビルの11~12階にある。下層階は電子部品市場 Tomoo Marukawa

<中国の電脳都市、深センで「将来ビジネスになることを夢見て自分でものづくりをしている人(メイカー)」が脚光を浴びている。まだやっと製品の原型がある程度の段階であるにも関わらず、市も積極的に助成している。どんなリターンを求めているのか。成功のカギは何か>

深センでいま一番流行している言葉と言えば、なんといっても「創客」(メイカー=Makerの訳)である。

メイカー(創客)とは何か。この言葉には製造業者という意味しかないはずだが、中国でわざわざ「創客」という別の訳をつけたのは、そこに単なる製造業者とは異なる意味を読み込んでいるからだ。すなわち、メイカーとは「将来、ビジネスになることを夢見て自分でものづくりをしている人」といった意味で使われている。NHKの朝の連続テレビ小説「べっぴんさん」を見ている人であれば、「あさや靴店の一角を借りて手芸品を売り始めた頃の坂東すみれ」と説明すればわかってもらえるだろうか。

先週、私は1年半ぶりに深センを訪れたが、今回は「創客」や「衆創空間」(メイカースペース、メイカーたちが集まってものづくりをする場所)といった文字がやたらに目に飛び込んできた。私が深センに行くたびに訪れている華強北電気街の中心には71階建のビル、賽格広場がそびえたっている。かつてゲリラ携帯電話産業のメッカだったこのビルの11階と12階には、ビルのオーナーである賽格集団が運営するメイカースペースが入っていて(上の写真)、そこでは中国だけでなくいろいろな国から来たメイカーたちが独創的なものを生み出そうと励んでいる。

【参考記事】イノベーションの街、深セン

模倣と創造が隣り合わせ

賽格広場の道路を挟んだ西側には華強集団のビルがあり、そこには華強集団が運営するメイカースペースがある。こちらはもっと国際色豊かで、主に欧米から来たメイカーたち数十人が独創的なものを作り出そうと頑張っている。

さらに、賽格広場の道路を挟んだ南側のビルの裏には、メイカーホテル(中国名は趣創酒店)という名のホテルが立っている(下の写真)。外観も内装もメイカーたちの創造力を刺激するような斬新なデザインで、メイカーたちの交流スペースもあるそうだ。このホテルの南東側には、回収した中古の携帯電話やスマホから壊れた部品を取り外し、非正規の部品と入れ替えて再生する業者たちが密集するビルが4棟ほどある。ゲリラ携帯電話産業の一種であるこのビジネスはいまも大変盛んである。まさに模倣と創造とが通り一本を挟んで隣接しているのである。

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華強北電気街の一角にあるメイカーホテル(趣創酒店)にはメイカーたちの交流スペースも Tomoo Marukawa

深センでメイカーやメイカースペースがにわかに増えたのは、深セン市政府が2015年から3カ年計画でメイカーの奨励に力を入れているからである(木村公一朗「中国企業の変化――起業を通じたイノベーション」『アジ研ワールドトレンド』No.258、 2017年4月)。深セン市は市内のメイカースペースを200カ所に増やす計画で、1カ所あたり100万~200万元(約1630万~3260万円)の補助金を出している。2015年にはメイカースペースやインキュベーターなど総計59カ所に対して補助金が支出され、2016年にはさらに総計125カ所に対して補助金が支出された。つまり補助金を出したところだけでもうすぐ200カ所に届きそうな勢いである。またメイカー自身に対する補助金もあり、2016年の1年間で510人(社)のメイカーが10万~60万元(約160万~980万円)の補助金を受け取った。大雑把に計算すると深セン市はメイカー振興策に年間3億元(約49億円)程度を費やしていることになる。

【参考記事】深センに行ってきた:物を作れる人類が住む街で

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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