コラム

オーストラリアが米英から原子力潜水艦導入へ AUKUSで中国の海洋進出を封じ込め

2021年09月16日(木)10時59分

今回、フランスの設計で最大12隻のディーゼル潜水艦を建造する900億ドル(約9兆8400億円)の計画は撤回され、核抑止力を持つ米英の協力でオーストラリアはこれまでタブーとされてきた原子力潜水艦の導入に踏み切る。米海兵隊の最新鋭ステルス戦闘機F35Bを載せた英最新鋭空母クイーン・エリザベスの空母打撃群も南シナ海や日本など極東に展開しており、中国が軍事的にインド太平洋で受けるプレッシャーはかなりなものになる。

ひと昔前まで資源国家オーストラリアと「世界の工場」になった中国の関係は蜜月だった。しかし、中国のチベット自治区や新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧、南シナ海や東シナ海への強引な海洋進出、経済侵略、スパイ行為に対して、オーストラリア国内でも中国への警戒論が強まった。バラク・オバマ米大統領(当時)が「アジア回帰政策」に転換してからはオーストラリアの対中外交はアメリカと歩調を合わせるようになる。

オーストラリア産ワインや食肉、大麦、綿花を巡る貿易摩擦、次世代通信規格5G参入や新型コロナウイルスの起源問題を巡ってオーストラリアは中国と徹底的に対立している。オーストラリアには親中の政治家が多かったが、現在のモリソン首相は対中強硬派でバイデン大統領との足並みはそろう。ジョンソン首相はまだ中国に色目を使っているが、欧州連合(EU)離脱後、アメリカやオーストラリアとの同盟強化は不可避の選択肢だった。

短命政権に終わった日本は

オーストラリア海軍はイギリスの26型フリゲートを最大9隻調達する。イギリスは60年以上にわたり、世界トップクラスの原子力潜水艦を建造・運用してきた。英軍需産業のロールスロイスやBAEシステムズが原子力潜水艦の専門知識や経験をオーストラリアに提供する。オーストラリアが核兵器を保有することは今のところ考えられないが、原子力潜水艦を保有すればその選択肢を残すことにもなる。

インド太平洋は領有権争い、北朝鮮の核・ミサイル問題、気候変動、テロなど地政学上の火種を抱えている。サイバー空間を含む新たな安全保障上の課題の最前線でもある。ジョンソン首相は「アメリカとイギリス、オーストラリアは自然な同盟国で、地理的に離れていても関心事や価値観は共有されている。AUKUSは3カ国の距離をこれまで以上に縮め、インド太平洋におけるわれわれの利益を守る」と力を込めた。

一方、日本ではコロナ対策が後手、後手に回る中、東京五輪・パラリンピックを強行する形となった菅義偉首相が1年も経たないうちに退陣を表明。今月29日に自民党総裁選の投票が行われるが、中国の圧力には決して屈しない指導者を選んでほしい。左派メディアの攻撃に翻弄されて短命政権が繰り返され、日米同盟が揺らげば、喜ぶのは中国の習近平国家主席とロシアのウラジーミル・プーチン大統領の権威主義国家連合だ。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豪CBA、1─3月期は減益 住宅ローン延滞の増加見

ワールド

金総書記、露戦勝記念日でプーチン氏に祝意 「確固た

ワールド

米、対イスラエル弾薬供給一時停止 ラファ侵攻計画踏

ビジネス

4月末の外貨準備高は1兆2789億ドル=財務省
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 10

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story