コラム

「命のビザ」杉原千畝氏とユダヤ人少年が灯したロウソクの火を消すな

2019年08月15日(木)07時30分

日本の外交官だった杉原千畝は、第二次大戦中に赴任していたリトアニアから多くのユダヤ人の命を救った Public Domain

[ロンドン発]令和の時代になって最初の終戦記念日がやって来た。戦後74年、日本のメディアは「日韓歴史戦争」に熱狂し、戦争の本当の恐ろしさや人道主義には関心がなくなったのかもしれない。

今年7月29日、第二次大戦中に駐リトアニア領事代理としてナチスの迫害を受けたユダヤ人を救うため「命のビザ(査証)」を発給し、約6000人の命を救ったとされる杉原千畝(ちうね、1900~1986年)氏がグーグル・ドゥードゥル(Google Doodle)に選ばれた。

ニールセンデジタル社の調査では昨年、グーグルの利用者は日本で6732万人にものぼり、Yahoo! Japanの6743万人に次いで 2位。グーグル利用者は「今日のドゥードゥルは一体、誰?」と思ったはずだが、日本メディアは全くと言って良いほど報じなかった。

海外メディアは「日本のシンドラーがグーグルの顔に」と取り上げた。筆者はこのニュースをきっかけに関連するユーチューブやサイトで「命のビザ」を発給された1人のユダヤ人少年の存在を知った。

殺戮は小さな町から始まった

運命の分かれ道になった1940年の夏、杉原氏に日本通過ビザを発給してもらいながらリトアニアから逃れることができず、最終的にナチスの強制収容所に送られ、終戦を迎えたソリー・ガノール少年だ。

当時、リトアニアの人口は約300万人。「命のビザ」の舞台になった首都カウナス(現在の首都はビリニュス)には約12万人が住み、うちユダヤ人は3万人。ユダヤ人は主にイディッシュ語を話し、リトアニア社会にはあまり溶け込んでいなかった。

sugiharamap2.png

1939年9月、ドイツがポーランドに侵攻、大量のポーランド系ユダヤ人がリトアニアに逃れてきた。ガノール少年は自伝『日本人に救われたユダヤ人の手記(Light One Candle)』や米公共放送サービスのインタビューの中でこう証言している。

「彼ら(ナチス)は小さな町でユダヤ人を殺していた。私たちは小さな町からやって来た難民からシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)の中で人々を殺していると聞いた」。ガノール少年の家庭もワルシャワから逃れてきたユダヤ人難民家族を受け入れる。

その年の12月、カウナスで暮らす11歳のガノール少年はおばの店で杉原氏と出会う。ユダヤ教の祭日ハヌカでは子供たちは大人からお金をもらう習慣があり、ガノール少年も10リタス(当時のリトアニア通貨)を集めたが、難民支援のため全額を募金する。

米国の人気お笑いコンビの映画をどうしても観たかったガノール少年は両親にお小遣いを無心するが、断られる。そこで思いついたのが優しいおばにねだることだ。おばの店で偶然、出会った日本人紳士が杉原氏だった。

「じっと見ないで。この人は杉原さんよ」と紹介するおばにガノール少年が「映画を観に行きたい」とせがむと、おばはお金を取りに店の奥に入って行った。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前年比3.4%上昇に鈍化 利下げ期

ワールド

スロバキアのフィツォ首相、銃撃で腹部負傷 政府は暗

ワールド

米大統領選、バイデン氏とトランプ氏の支持拮抗 第3

ビジネス

大手3銀の今期純利益3.3兆円、最高益更新へ 資金
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story