コラム

ネタニヤフ続投で始まる「米=イスラエル=サウジ」のパレスチナ包囲網

2019年04月17日(水)11時45分

トランプ大統領は「世紀の取引」の提案に向けた準備と並行して、2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と認定し、さらに2018年5月、在イスラエル米大使館をエルサレムに移転した。

イスラエルは第3次中東戦争で東エルサレムを占領し、その後、併合して、1980年に統一エルサレムを首都とする基本法を成立させた。しかし、国連安保理は同年に「武力による領土の獲得は容認できない」として、イスラエルの基本法について「法的効力はなく、無効」と決定している。

米国では90年代初めに、議会が大使館をエルサレムに移転させる法案を採択したが、歴代の大統領は半年ごとに法律の施行を延期してきた。トランプ大統領は国連・国際社会と対立して、イスラエルの立場を擁護し、その延期をしなかったのだ。これに対して、アッバス議長は「米国はもはや和平の仲介者とは言えない」と反発した。

親イスラエルロビーに媚を売るトランプ大統領

トランプ大統領は娘イヴァンカ氏の夫で、ユダヤ人のクシュナー氏を上級顧問として、ネタニヤフ政権との関係や親イスラエルロビーとの関係を深め、米国の歴代の大統領の中でも極端にイスラエル寄りの姿勢をとっている。

外交経験のなかったトランプ氏にとって、ネタニヤフ首相との関係強化は、ひとえに自らの再選を実現するためと見られるが、そのために、エルサレムをイスラエルの首都と認めて大使館を移転し、ゴラン高原にイスラエルの主権を認めるなど、次々と国際的な常識とルールを否定する無謀な決断を繰り返してきた。

さらに2018年にはトランプ大統領が言い出して、現在540万人が登録されているパレスチナ難民を支援する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)への財政支援を停止したことも、同様に無謀な決定として国際社会の批判を浴びた(参考記事:トランプ政権がパレスチナ難民支援を停止した時、40カ国が立ち上がった)。

UNRWAはガザ、西岸、東エルサレムと、レバノン、シリア、ヨルダンなどの周辺国にある計51カ所の難民キャンプを管理し、53万人の子供が通う711校の学校と、計140カ所の医療センターを運営している。年間予算は約11億ドル(1200億円)で、米国の支援は3億6000万ドル(400億円)と全体の3分の1を占めていた。

米国が支援を停止すれば、UNRWAが深刻な財政危機に陥ることは目に見えている。実際に2018年にはUNRWAが日本などに呼びかけて、40カ国が新たな支援を申し出て米国の穴を埋めた。パレスチナ問題が中東を不安定にする重要な要因の一つであることを考えれば、トランプ政権の行為は、暴挙というしかないものである。

歴代の米国政権はUNRWAを積極的に支援してきたが、イスラエルの右派勢力、特にネタニヤフ首相は「UNRWAがパレスチナ問題を永続化している」と批判してきた。

パレスチナ問題の重要性を十分に理解しているとは思えないトランプ大統領が、UNRWA支援を停止したのもまたネタニヤフ首相の歓心を買い、親イスラエルロビーに媚びを売るためであろう。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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