コラム

エジプトのモスク襲撃テロの背景にある「スンニ派同士」の対立

2017年11月30日(木)19時37分

強硬的手法による「テロとの戦い」の限界

今回のモスク襲撃がISによるものかどうかとは別として、テロの背景に同じスンニ派の信者でありながら、イスラムをめぐる深い亀裂があることが見えてくる。

シナイ半島は砂漠と山岳部で覆われ、サウジアラビアや西のリビアともつながる部族的な慣習が強い土地柄で、ISだけでなく、いくつもの過激派組織がある。これまでもシナイ半島のエジプト軍や治安部隊、外国人観光客が宿泊するホテルを標的としたテロが続き、2015年10月にはロシアの民間機が墜落し、ISシナイ州が犯行声明を出した事件があった。

現在の軍主導のシーシ政権は2011年の「アラブの春」後の選挙で選ばれたイスラム穏健派組織「ムスリム同胞団」系の大統領を2013年にクーデターで排除し成立した。シーシ大統領は権力掌握後、シナイ半島ではISなど過激派との「テロとの戦い」を激化させたが、過激派の活動は収まらず、最悪のテロが起きた。

今回、テロの標的が軍からスーフィー主義者へと広がったことで、従来の強硬的手法による「テロとの戦い」の限界が露呈した。エジプト軍はテロの後、シナイ半島の山岳地域の「テロリスト拠点」を空爆して、車両を破壊したと発表した。しかし、空爆の標的をどのようにして確定したかも明らかでなく、新たな暴力の連鎖を生むことになりかねない。

サラフィー主義は90年代以降、インターネットや衛星放送の普及するなかで若者を中心に広がった。旧ムバラク政権時代(1981~2011年)は非政治的だったが、「アラブ春」の後、政治に参加し、選挙でムスリム同胞団に次ぐ勢力となった。「イスラム的な公正」の厳格な実施を求める考え方が若者たちに受け入れられていると見られる。

現在、サラフィーとスーフィーという全く相反する2つの宗教運動が、エジプトの民衆の間に広がっていることになる。共に民衆レベルでは平和主義だが、スーフィー主義者は軍や警察とのつながりが深く、シーシ政権の強権体制を支えている。一方のサラフィー主義の中から、「ジハード」に傾斜して、政権と対立する流れが出てくる。ムスリム同胞団は両方の要素を持ち、双方の間にあったが、現在は政治から排除されている。

この事件がすぐにシナイ半島を超えて、エジプト本土で「サラフィー対スーフィー」の抗争に発展するとは思わない。しかし、今回のイスラム過激派によるスーフィー系モスクへのテロは、エジプトでイスラム教徒同士が敵対する前例をつくり、今後、状況が悪化すればイラクのように際限のない暴力の連鎖が起こる可能性を示したことになる。

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米雇用なお堅調、景気過熱していないとの確信増す可能

ビジネス

債券・株式に資金流入、暗号資産は6億ドル流出=Bo

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇用者数

ビジネス

現在の政策スタンスを支持、インフレリスクは残る=ボ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story