コラム

それでもBBCを賞賛する?

2012年10月23日(火)08時00分

 イギリス以外の国にいるとき僕は、イギリスのテレビ局BBCが好きだと人からよく聞かされる。ニューヨークに住んでいたときは特にそうだったが、東京でもそんなことがよくあった。BBCの国際放送が、アジアやアフリカの国々でどんなに賞賛されているか、というようなことを友達から聞かされた。

 ニューヨークにいるときは、初めのうち僕はこう疑ってかかった。BBCをほめたたえるのはつまり、国際人のニューヨーカーが「洗練された自分」を気取って演出するための小道具なんじゃないか? 

 でもアメリカのテレビ報道を目にして、BBCがアメリカのニュースをはるかにしのぐ報道の質と客観性を追求していることがよく分かった。アメリカのテレビ局各社は民営で採算重視だが、BBCは公共放送だからというのも理由の1つかもしれない(念のために言っておくと、新聞の事情はまるで違う。僕はアメリカの主要新聞各紙を高く評価している)。

 個人的には、BBCは僕が多少知っているあの公共放送よりもかなり優れていると思う――NHKのことだ。ニュースに関して言えば、BBCは特にドキュメンタリーに強い。60年近く続く大胆不敵な時事ドキュメンタリー番組「パノラマ」はBBCの目玉。NHKの「クローズアップ現代」もよいが、パノラマのほうがスケールが大きく、幅広く、良質だ。

 こちらは海外ではニュース番組ほど知られていないが、BBCは娯楽や教育番組でも実績がある。これまでに僕がハマった番組は、BBCのものが多かった(歴史ドラマ『この私、クラウディウス』、マイケル・ペイリンの旅番組、サイモン・シャーマの『英国史』、ケネス・クラークの西洋美術史番組......)。

■強制徴収の受信料に反感

 だから僕は基本的にBBCはためになるテレビ局だと思っているし、その考えは外国で暮らすうちにより強まった。機会あるごとに僕は、イギリスの友人たちにBBCはイギリス人が「考えているよりいいものだぞ」と話している。なぜなら、イギリス人の多くはBBCが嫌いだからだ。そして今、イギリスではBBCへの反感は過去最高レベルに達している。

 BBCが嫌われている一番大きな理由は、強制的に受信料を支払わされるからだ。視聴することを自分で選んだり拒否したりすることはできない。イギリスのテレビのある全世帯が「テレビライセンス」を購入させられるという形で、受信料は徴収される。年間145・50ポンド(約1万8000円)もかかるが、少なくとも6カ月前に支払うことを義務付けられている。

 何かの支払いを強制されるとき、それが自分の好みから外れているものだったら「だまされた」と考えたくなるのも無理はない。僕はBBCの「国家的大イベント」に関する報道(エリザベス女王即位60周年の「ダイヤモンド・ジュビリー」やオリンピックなど)があまりに愛国主義的だと、ちょっと不快な気分になる。真剣な番組の司会やコメンテーターに軽々しいセレブが出演しているのもイライラしてしまう(そう感じない視聴者もいるだろうが)。

 受信料については僕は、特に怒りがたまっている。昨年僕が新しい家に引っ越したとき、テレビは持って行ったもののアンテナがないからテレビが全く見られなかった。アンテナを設置するより先にやることがたくさんあったし、当然僕はテレビがつかないうちは受信料を払う必要などないものだと思っていた。

 ところが引っ越して3日以内に、督促文が届き始めた。それによれば、「家宅捜索権」を持った捜査官がいつでも僕の家に入る用意があるという。もし受信料を払っていない状態でテレビを見ている形跡が見つかれば、最大1000ポンドの罰金刑に処せられるという。

 僕はすぐに電話してアンテナがないことを伝えたが、督促文はその後も続いた。「出廷の方法」を記した手紙が届くこともあった(丁寧なアドバイスを装ったある種の脅迫状だ)。

 結局、裁判の召喚状が届く前に僕はアンテナを入手して受信料の手続きをした。それでもまだ、あの脅迫文への怒りは消えない。それに、些細なことかもしれないが、電話でBBCの支払いシステムについて長々と説明されるのを聞かなければいけない(しかも拒否できない)ことも納得がいかない。

■「節税」「性的暴行」事件で大激震

 BBCが嫌われる2つ目の理由は、お高くとまって人を見下すような「社内文化」に染まっていると思われているせいだ。地方の人々はBBCが「都会ばかり重視している」とこぼす。リベラルに偏っているし「社会的公正さ」にこだわり過ぎているとの批判もよく聞かれる(マイノリティーや同性愛者などに気を遣い過ぎて、視聴者の大多数が普通の人々であることを忘れているようだ)。

 さらにここ数週間で大激震を呼んでいるのが、BBCで発覚した「節税」事件だ。BBCが高所得のキャスターや出演者らに給与として報酬を支払うのではなく、租税回避地で個人経営の会社に報酬を支払った形を取り、低税率で納税していたことが発覚したのだ。

 脱税と違って節税は違法ではないが、イギリス人の大半は不正が行われたと感じている。そのうえ、僕たちの税金によって存在しているような会社がそんなことをしていたというのがさらに怒りを増幅させた。キャスターや出演者たちは、彼らに受信料を払っている僕たちよりもずっといい収入を得ているというのに。

 だが何よりBBCを揺るがしたのは、人気司会者だったジミー・サビルが何十年にもわたって少女たちに性的暴行を繰り返していた疑惑が持ち上がったことだろう。サビルは昨年84歳で亡くなったが、今になってようやく多くの被害者が声を上げられるようになった。

 サビルは長年BBCの子供向け番組の司会を務めており、楽屋などで少女たちを暴行していたとされている。BBC社内の人間がサビルのこの行動を知っていたか疑っていたという証拠も出ているが、彼らはBBCの「スター司会者」を守るために沈黙を選んだらしい(僕の知る限りでは、サビルは司会者としても大して評価されていなかった。このことからも、閉鎖的な組織がカネに困らない状態に置かれるとろくでもない方向に走るということが分かる)。

 昨年、BBCはサビルのこの疑惑を追ったBBCのニュース番組の放送を見送った。「編成上の理由」だったというが、社内の恥を隠蔽しようとしたと受け止められている。今月、別のテレビ局がこの疑惑を報道して大騒動になった。国民的スターだった男が、最悪の犯罪者になってしまったかのようだ。人々の怒りはすさまじく、サビルの遺族は彼の墓石を撤去する羽目になった。ボコボコにされるのは目にみえているからだ。

 サビルの事件が「BBCの腐敗すべてを象徴している」と言うのは間違っている(そう主張する人もいるが)。サビルの疑惑はサビル個人のものであって、たぶん彼は隠し通すのがうまかったのだろう。

 でも、BBCを手放しでほめたたえる外国の人々に、僕はこう言ってもいいと思う。このBBC問題、君たちが「考えているよりひどいものだぞ」、と。
 

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済、政策次第で上下にリスク 軌道修正の可能性も

ワールド

米政府効率化省、大統領令で設置 マスク氏主導で「ム

ビジネス

日経平均は続伸、米トランプ関税巡り一時乱高下 

ビジネス

午後3時のドルは155円前半へ下落、トランプ氏発言
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの頭の中
特集:トランプの頭の中
2025年1月28日号(1/21発売)

いよいよ始まる第2次トランプ政権。再任大統領の行動原理と世界観を知る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    被害の全容が見通せない、LAの山火事...見渡す限りの焼け野原
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 6
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 7
    メーガン妃とヘンリー王子の「山火事見物」に大ブー…
  • 8
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 9
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 10
    大統領令とは何か? 覆されることはあるのか、何で…
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 3
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 4
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 5
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 10
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 9
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 10
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story