コラム

イーロン・マスクはジオン・ダイクンの夢を見るか?──ビッグテックが宇宙を目指すほんとうの理由

2021年11月11日(木)18時00分

イアン・ブレマーによれば、ビッグテックの地政学的な方向性には、グローバリズム、ナショナリズム、テクノ・ユートピアの3つがあるという。グローバリズムとはビッグテックがデジタル空間の支配権を国家から奪い取り、国境を持たないグローバル勢力として台頭する方向性、ナショナリズムとはその国の利益や目標に奉仕する方向性、テクノ・ユートピアとは国家に代わって公共財を提供する存在となる方向性である。

イアン・ブレマーは、これからの10年は、ネットとリアルの政治が融合する変化の時代だと語る。国家とビッグテックは、この2つの世界における影響力を競い合うことになる。ビッグテックの目標を理解し、政府の力と競い合う方法論を把握する必要がある。

いまのところ、ビッグテックはリアルな空間から企業を切り離すことができず、国家の影響を受けている。企業そのものやデータセンターは国家が管理する領土内にある物理的に存在し、その国の法律に従う必要があるからだ。そのため、今日の地政学における最も重要な課題のひとつは、「ビッグテックを解体したり、締め付けたりすることは国益に沿ったことなのか?」である。米国や中国のようなビッグテックが生まれていないEUは、そのことに危機感を持ち、それを明らかにしようとしている。

国家と法の手がおよばないフロンティア

これからの世界についてイアン・ブレマーは3つのシナリオを提示している。前述のナショナリズム、グローバリズム、テクノ・ユートピアのいずれかが主軸となるかによってシナリオが決まる。ナショナリズムあるいはグローバリズムが主導権を握るシナリオは比較的予測可能かつ対応可能な未来だ。テクノ・ユートピアがもたらす未来は、これまでとは異なる世界をもたらす。そして、このシナリオはもっともわかりにくい。なにしろこれまで地政学の主役だった国家がその座をビッグテックに譲るのだ。

世界の基軸通貨としてのドルへの信頼は失われる。代わりに台頭する暗号通貨は広く受け入れられ、規制不可能な状態になり、国家の金融への影響力は弱まる。イーロン・マスクは宇宙を、フェイスブックのザッカーバーグは金融世界の新しいリーダーになる可能性がある。

スペースX社とニューロリンク社を率いるイーロン・マスクは、コンピュータと人間の脳をリンクさせ、火星に人類を移住させて人類を「多惑星種」にするという野心を持っている。さらにアメリカ政府にも宇宙リフトを提供し、テクノロジー企業が国家という概念を超えて社会を進化させる可能性を追求している。フェイスブックのマーク・ザッカーバーグも、金融に対して同じような傾向を持っている。

国家の力が強い中国でも同様の動きが出ている。アリババのジャック・マーは中国当局との軋轢のため、圧力をかけられたが、それでもアリババの作り上げたサービスを排除することはできない。中国もアメリカやEUと同じトレードオフに悩まされている。支配力を強めすぎると、イノベーションが阻害され、国家の基盤が脆弱となるのだ。

それでもテクノ・ユートピアの世界となっても国家はなくならず、一定の影響力を保持する。その方が社会は安定し、国家にとってもビッグテックにとっても都合がよい。どちらも大きな痛みを伴う変化を求めているわけではない。

宇宙を目指しているのはイーロン・マスクだけではない。アマゾンのジェフ・ベゾスは宇宙にコロニーを作って地球を守ろうとしている(これはガンダムに近い古典的なアプローチ)。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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