コラム

東アジアにおける戦略関係の転換期

2016年09月15日(木)11時38分

 いま中国は、南シナ海の戦略的な要所であるスカボロー礁を掌握するうえで重要な時期に入っている。これである程度安心して、スカボロー礁を確保できるでろう。そうなると、南シナ海のほぼ全域が、中国の制空権と制海権に収まることを意味する。中国は圧倒的な戦略的優位を手に入れるのだ。

【参考記事】南シナ海「軍事化」中国の真意は

 南シナ海で制海権と制空権を確保すれば、次に中国が集中的に攻勢をかけてくるのは、いうまでもなく東シナ海の尖閣諸島であろう。国際世論からの批判や、中国が保有する公船の数の制約を考慮して、これまでは南シナ海での制空権と制海権の確保を優先してきたが、南シナ海でのそれがひと段落すれば東シナ海に行動の方向性を転換していくであろう。ロシアが中国の背後で支援をして、アメリカが「トランプ大統領」の下で日本防衛とアジア関与の関心を失えば、中国は大きな抵抗を受けることなく、尖閣諸島の奪取と領有を可能とするであろう。その際には、当然ながら、日本は歴史を直視して反省するべきだと、歴史問題としてこの問題を国際世論にアピールするはずだ。

【参考記事】中国はなぜ尖閣で不可解な挑発行動をエスカレートさせるのか

 その結果として、おそらくは10年後には、東シナ海の制空権と制海権を確保して、日本の自衛隊は容易に東シナ海で活動ができなくなるかもしれない。

 そもそも、南シナ海で中国が活動を活発化させるようになる大きな契機が、1991年にフィリピンの議会が、冷戦終結後に米軍基地を閉鎖することを求めたことだった。そして、四半世紀が立ち、再びフィリピンは国民世論に迎合して、アメリカに「出ていけ」と言っている。外交が、国民感情や世論の犠牲になるという、典型的な例かもしれない。もちろん、その背後に、中国からの圧力がフィリピンのドゥテルテ大統領に対して存在していたのだろうと予測する。

 これらのすべての動きは、日本の安全保障やアジア太平洋の戦略環境を考えると、とても悲観的にならざるを得ない趨勢だ。もしも、これから東アジアの平和を考えるとすれば、南カリフォルニア大学のデイヴィッド・カン教授が述べているように、かつての中華帝国の時代の朝貢体制に見られたような、中国を中心とした緩やかな階層的な秩序に依拠しなければならなくなるのかもしれない。そのような安全保障環境の不透明性や、不安定性を考慮して、われわれは自らの安全保障政策を考える必要がある。

※当記事はブログ「細谷雄一の研究室から」から転載・改稿したものです。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story