コラム

W杯クロアチア代表にイスラーム教徒らしき選手がいない理由

2018年07月26日(木)16時30分

そういえば、サッカー史上最高の選手の一人にも数えられる元フランス代表ジネディーヌ・ジダンもアルジェリア系であった(ただし、アラブ人ではなく、ベルベル人)。ちなみにフランス代表でジダンといっしょにプレーしたこともあるフランク・リベリは、ムスリム女性と結婚したときに、イスラームに改宗している(イスラーム法ではムスリム女性は、ムスリムとしか結婚できないことになっている)。

英国もムスリム人口が多いことで知られているが、代表チームでそれらしい名前をもっていたのはラヒーム・スターリング(ジャマイカ系)だけであった。たしかにラヒームはアラビア語なので、ムスリムの可能性はあるが、キリスト教徒だともいわれている。

代表チームにはムスリムは少ないかもしれないが、イングランド・プレミアリーグには、エジプト代表のムハンマド・サラーフ(モハメド・サラー、リバプール所属)など綺羅星のごとくである。

フランス代表の「国民統合」も、エジルのドイツ代表引退も同じ...

そのほか今大会では残念な結果になったが、サッカー大国ドイツでもチュニジア系のサーミー・ヘディーラ(サミ・ケディラ)のほか、トルコ系のメスウト・エジルとイルカイ・ギュンドアンがムスリム選手として挙げられる。

フランスの場合、植民地政策がムスリム選手の多さにある程度関係してくるが、ドイツの場合、それがないので、第二次世界大戦後の経済成長を支える外国人労働者として多くの移民を受け入れてきた歴史が関係してくる。したがって、西欧でもフランス語圏は移民の多くが北アフリカ出身者で、ドイツではトルコからの移民が中心になっている。

フランスがW杯で優勝した際、移民やその子孫がすばらしい活躍をしたことが国民統合を進めるのに大きく貢献したと高く評価された。こうした評価が出てくること自体、移民たちが特定の目で見られていることを示している。

その一方で決勝トーナメントにも出られなかったドイツの場合、逆に移民の選手に対するネガティブな反応が生じてしまったようだ。これが一因で、メスウト・エジルはドイツ代表を退くとまでいいだす始末であった。彼のツイッターへの投稿には激烈なコトバがつづいている。


勝てば、わたしはドイツ人だし、負ければ、移民である。ドイツで税金を払い、ドイツの学校の施設に寄付をし、2014年のW杯でドイツに勝利をもたらしたにもかかわらず、わたしはいぜんとして社会に受け入れられていない。「異質なもの」として扱われているのだ。

スポーツに国境はない、という人もいるが、実際にはスポーツには国境も民族も政治も否応なく複雑に絡みついているのである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ

ワールド

米、ロシアが和平合意ならエネルギー部門への制裁緩和

ワールド

トランプ米政権、コロンビア大への助成金を中止 反ユ

ワールド

ミャンマー軍事政権、2025年12月―26年1月に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 5
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 6
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 7
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 8
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 9
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 10
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 7
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    著名投資家ウォーレン・バフェット、関税は「戦争行…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story