コラム

熱傷に神経麻痺、視力障害も... 人気美容メニュー「HIFU」の事故増加と装置の開発史

2023年04月04日(火)12時15分

HIFU施術が医師法における医⾏為に当たるかどうかは個別判断とされており、施術者に資格はいりません。また、HIFU機器の大半は輸入されていますが、機器に対する薬機法の規制がないため、エステでは医療機器ではない製品(雑品)として個⼈輸⼊されているといいます。

つまり、医療用の照射出力の高いHIFU装置をエステでも使用することが可能で、医療知識が不十分な者でも神経が複雑に張り巡らされた顔面などを施術できるということです。さらに、輸入時に医療機器として取り扱われないことで劣悪品が交じる可能性が高まり、機器の信頼性や安全性が担保されていません。

危険性への理解不足で事故も

エステサロンは現在、国内に約24000店舗あります。主要業界団体は自主規制で加盟店に対してHIFU施術を禁じているところも多いのですが、そもそも団体に加盟しているサロンは1割に満たず、非加盟店舗の約20%がHIFU施術を行っています。その中には、施術者、利用者のHIFU施術の危険性への理解不足で事故が起こった事例もあります。

たとえば、金沢医大の生駒透医師らは、エステでのHIFU施術が原因で急性白内障を発症したと見られる事例を、22年に英眼科学専門誌「BMC Ophthalmology」に発表しました。患者は40代女性で、HIFU施術の後に視力が極端に低下したと訴えて金沢医大を訪れたといいます。

女性は、上まぶたのたるみを改善するためにエステサロンでHIFU施術を受けましたが、当日夜に左目に靄(もや)がかかった感じがしました。翌日に大学病院で受診すると、白内障と診断されました。もともと1.0だった視力は0.1未満に低下し、約1カ月の経過観察を経ても回復しなかったため、左目の水晶体を再建する手術を受けました。HIFU施術では本来、目を保護するためのアイガードを装着しなければなりませんが、この女性はつけなかったといいます。

今回の報告書で、消費者事故調はHIFU施術による事故の再発防止策として、①医⾏為としての施術者の限定、②輸⼊機器流通の監視強化、③施術者への情報共有、④HIFU 施術のリスクに関する注意喚起、⑤利⽤者への注意喚起を挙げました。同時に厚生労働省など関連省庁宛てに意見書も作成し、施術者は原則医師に限定すべきである等を主張しています。

前立腺がんが医療用途の主要ターゲット

HIFUが美容医療に登場したのは21世紀になってからですが、「強い超音波を照射して、表面の皮膚には熱傷を起こさずに体の内部の狙った部位を加熱し収縮させる」方法は、1940年代に米コロンビア大のLynn博士らによってウシの肝臓で実験され、「新しい手法」として発表されました。50年代になると米イリノイ大のFry博士らがネコの脳の狙った部分を熱で凝固壊死させることに成功し、56年には臨床試験を始めました。

医療でHIFUが注目を集めるようになったのは、機器の性能が上がった90年代頃からです。米インディアナ大の研究成果などを活用して、強力な収束超音波を発生させるHIFU「Sonablate」が米Focus Surgery社により開発されました。同社創始者のSanghvi博士は「HIFUの父」とも呼ばれています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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