コラム

ユヴァル・ノア・ハラリ×オードリー・タン対談(1/3)──「ピンクのマスクはカッコいい」、誰もがルールづくりに参画できる社会の到来

2020年07月15日(水)15時25分

タン 性別のチェックと同じような問題は、絵文字にも見ることができます、絵文字は、多くの人がコミュニケーションのために使用する、抽象的なシンボルです。非常に長い間、人の絵文字はすべて男性の図柄でした。女性の絵文字に切り替えるには、ジェンダーセレクターで設定しなおさなければなりませんでした。ちょうどここ1、2年の最近の出来事ですが、多国籍企業やコード作成者のための規格作りの団体であるUnicodeコンソーシアムが、一番よく使うような絵文字である「歓喜の笑い」「歓喜の涙」の顔は、デフォルトでジェンダーニュートラルに見える必要がある、と言い始めました。男の子に見えるようにしたい、女の子に見えるようにしたいのであれば、追加の作業をしなければならないし、男の子に見えるようにするのと、女の子に見えるようにするのとでは、同じくらいの作業量でなければならない、と主張し始めました。

こういうことが一般的になってきたのだと思います。もしプログラマーが今の自分の常識にこだわる場合、もしチェックボックスのメーカーが他の選択肢を許容しない場合、市民ハッカーに頼ることになると思います。将来の市民ハッカーが、将来の社会規範の変化に応じて修正してくれるはずです。

ちなみに台湾では、入国の際の空港で入力してもらう健康確認フォームには、男女以外の選択肢も追加されています。しかし、台湾はアジアで唯一、集会や言論などの自由が完全に守られている司法管轄区なので、市民ハッカーが不当に処罰されることはありません。アジアの他の場所では、同性婚ができないのと同じように、この種の市民ハッキングをすれば、トラブルに巻き込まれる可能性があります(笑)。

つまり、適正な手続きにのっとりさえすれば、アルゴリズムのコードを法のコードと同じよう書き換えることができるのかどうか。社会がそうすることにどれくらい前向きか。それ次第だと思います。

価値観を変えたピンクのマスク

ハラリ この問題は、繰り返しになりますが、私たちの生活を形作る自然法則と、私たちが考案したルールの違いは、歴史の主要なテーマの一つです。もちろんどの文化も、どの宗教も 、自分たちの法則は自然の法則であり、法を破る者は不自然なことをしていると主張します。

これは明らかに間違っています。あなたが言ったように、法律が本当に自然の物理法則に従っているのであれば、それを破ることはできません。でもどこかの宗教が来て、「二人の男性がお互いに愛し合ったり、二人の女性がお互いに結婚したりするのは不自然だ」と言った場合、法律が自然の法則にのっとっているのであれば、同性婚は間違いということになります。

光の速さよりも速く動けないような、本当の自然法則は、絶対に破れません。でも二人の女性がお互いに愛し合ったり、セックスしたりすることは、生物学的にも物理的にも可能です。人間が作ったルールだけが「ダメだ。間違っている。そんなことは許されない」と言っているだけなのです。ある意味、コンピュータコードの良いところは、多くの場合、簡単に修正できるということです。コンピュータコードが何らかの意図を持って書かれたものであっても、意図しない偏見で書かれたものであっても、簡単に修正できます。

人間の場合、ゲイや黒人に対し 偏見を持っている人がいれば、「この人が偏見を持っています。この仕組みに偏見があります」と指摘できます。それに同意してくれる人もいるでしょう。でも、それだけで偏見を変えることはできません。偏見は意識的な知性よりも 、もっと深い潜在意識から来ているからです。

さてコンピュータには潜在意識がないと言ってもいいでしょう。コードのどこかに偏見が含まれていれば、それを変えればいいだけです。 コンピュータのコードを同性愛者に優しいものにしたり、LGBTに優しいものにすればいいのです。人間の持つ偏見を変えることよりもある意味ずっと簡単です。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アックマン氏、新ファンドとヘッジファンド運営会社を

ワールド

欧州議会、17億ドルのEU防衛産業向け投資計画を承

ワールド

台湾、国防費400億ドル増額へ 総統「抑止力を強化

ワールド

ロシア、中国への石油やLNG輸出拡大に意欲=副首相
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    使っていたら変更を! 「使用頻度の高いパスワード」…
  • 10
    トランプの脅威から祖国を守るため、「環境派」の顔…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story