コラム

薬を使わないデジタル療法で教育・医療にアプローチ AIが人間を進化させる未来とは

2020年02月05日(水)13時00分

精神疾患の治療につながるデジタル体験を作り出したいと言うガザーリー The Transformative Technology Conference-YouTube

<AIに期待される最も価値ある応用分野は、薬の代わりにゲームなどを通じたデジタル体験で脳を刺激し、治療する「デジタル療法」を可能にすること。すでにADHDや自閉スペクトラム症を対象としたゲームアプリのライセンスを取得した日本の製薬会社もあるほど身近になってきたその可能性とは>

エクサウィザーズ AI新聞(2019年12月19日付)から転載

カリフォルニア大学サンフランシスコ校のアダム・ガザーリー(Adam Gazzaley)博士はシリコンバレーで開催されたTransTech Conferenceに登壇、ゲームやVRを使って精神疾患を治療したり、高齢者の認知能力を向上させる「デジタル療法(digital medicine)」の現状と今後の見通しについて講演した。同博士によると、デジタル療法は、AIが実現する最大の価値の一つ。治療だけではなく学習にも効果を発揮し、この仕組みを通じて「今後AIがHI(人間の知性)を進化させることになる」と言う。「ゲームしていないで勉強しなさい!」と怒られていた子供たちが「勉強より先にゲームしなさい!」と怒られるようになる!?

デジタル療法とは、薬を使わずにゲームなどのデジタルコンテンツを使って脳の特定の回路を刺激し精神疾患などを治療する方法で、最近注目を集める研究分野の1つ。同博士は、高齢者がプレイすることで注意力と記憶力を高めることのできるゲーム「Neuroracer」を開発。3年間の実験結果を基に、2013年9月に学術誌Natureに論文を発表し、高く評価されている。

Yukawa200204_2.jpg

「もちろんそれはうれしいことだが、本当のゴールはこの技術を人々の生活の中に浸透させること」。そう考えた同博士は、その後、ゲームクリエイターたちと新会社Akili Interactive社を設立し、より楽しく、より没頭できるような洗練されたゲームを複数開発。「来年以降、これらのゲームが社会に大きな影響を与えるのではないかと期待している」と語っている。日本ではシオノギ製薬がAkili社のライセンスを取得し、ADHDを対象としたゲームアプリや、自閉スペクトラム症を対象としたゲームアプリを導入していくと発表している。

スマホゲームで脳トレ。大事なのはclosed loop

デジタル療法にとって大事なのはクローズド・ループだ、と同博士は強調する。クローズド・ループとは、環境に介入すると同時にその影響を計測し、それを基に介入を微調整する仕組みのこと。簡単な例で言うと、エアコンが、クローズド・ループ・システムの1つだ。希望する室温を例えば23度に設定しておけば、室温が22度のときは暖房の温風を出し、23度になればスイッチがオフになる。逆に室温が25度に上がれば、冷房に切り替わり冷風を出す。介入と同時に計測し、介入を微調整し続けているわけだ。

Yukawa200204_4.jpg

ゲームでは、プレイ中のスマホやタブレットの傾き具合や、タップの頻度などを計測し、プレイヤーの習熟度や熱中度を推測。習熟度に従って、ゲームの難易度を微調整し続けることで、難し過ぎず、簡単過ぎないゲーム展開を実現できる。熱中度に従って、ゲーム内で提供する報酬(ゲットできるポイントや、ステージ)を微調整し続けることで、プレイヤーのゲームへの没入度合いを深めるという。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、和平案「合意の基礎に」 ウ軍撤退なけれ

ワールド

ウクライナ、和平合意後も軍隊と安全保障の「保証」必

ビジネス

欧州外為市場=ドル週間で4カ月ぶり大幅安へ、米利下

ビジネス

ECB、利下げ急がず 緩和終了との主張も=10月理
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    がん患者の歯のX線画像に映った「真っ黒な空洞」...…
  • 8
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 9
    ウクライナ降伏にも等しい「28項目の和平案」の裏に…
  • 10
    ミッキーマウスの著作権は切れている...それでも企業…
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 3
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やってはいけない「3つの行動」とは?【国際研究チーム】
  • 4
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 5
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 6
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 9
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 10
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story