コラム

「AI大国、中国脅威論」の5つの誤解 米戦略国際問題研究所のパネル討論会から

2019年10月08日(火)14時35分

米中のAI研究を対立の構図で理解しようとすることは無意味 CSIS-YouTube

<「中国のAI技術はアメリカを凌ぐところまで来たか」という問いに専門家は辟易している>

エクサウィザーズ AI新聞から転載

中国のAI技術が急速に伸びてきていると言われるが、果たして今現在どこまで伸びてきているのだろうか。米著名シンクタンクである戦略国際問題研究所(CSIS)がこのほど開いたパネル討論会で、中国のAI技術の現状に関する一般的な誤解が幾つか明らかになった。登壇した専門家によると、中国はAI技術で世界一になるために政府主導のもと官民が足並みをそろえて邁進しているわけではなく、また膨大なデータ量で米国を凌駕しているわけでもないという。

誤解1:中国はAIで米国に追いつき、追い越すレベルにまで来ている

AI開発競争で中国は米国を追い抜けるところまで来ているのだろうか。パネル討論会に登壇した5人の専門家は、口を揃えてこの問いには辟易していると言う。

ジョージタウン大学安全保障新技術センターのHelen Toner氏は「一言でAIと言っても、基礎研究から、C向け応用技術、B向け応用技術など、いろいろな技術のいろいろな側面がある」と指摘。テック業界のロビー団体である情報技術産業委員会(ITI)のシニアディレクターのNaomi Wilson氏も、「頻繁に尋ねられる質問だが、非常に複雑な問題を単純化し過ぎていて、答えようがない」と困惑気味に語った。

有力シンクタンクの新米国研究機構のPaul Triolo氏によると、2018年のコンピュータービジョンに関する論文の中で引用された回数が最も多かったトップ論文10本のうち、筆頭著者が中国人である論文が4本。共同執筆者に中国人の名前が入っているものが6本。そして10本すべてが米国の大学、企業、研究機関から出されたものだった。「米中は、それぐらい強い協力関係にある。業界も研究者も理解していることだが、(AI基礎研究に関して)米中を切り離して考えることは困難」と指摘している。

Toner氏は「米中は相互に依存しあってAIを進化させている。米中の関係を、2頭の馬が競い合っているようなイメージで見るのは間違いだ」と語っている。

AI研究で5年前は存在感すらなかった中国が、米国と並ぶところまで力をつけたのは事実。ただ米中はAI研究の両巨頭として世界をリードしており、両国を始め先進国が協力し合ってAIを進化させているのが実態。冷戦時代の軍拡競争のように、対立の構図で現状を分析しようとすること自体、無意味ということらしい。

誤解2:中央政府主導で、AI産業の覇権を狙っている

とはいえ中国政府は、2030年までにAIで中国が世界トップになると宣言、米国への対抗姿勢を見せている。2017年に中国国務院が発表した次世代AI発展計画と呼ばれる国家戦略によると、2020年までに世界水準に追いつき、2025年までに一部のAIの領域で世界のトップに立ち、2030年にはすべてのAIの領域で世界のトップに立つ、という目標を掲げている。

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィッチ、ハンガリー格付け見通し引き下げ 総選挙控

ビジネス

10月経常収支は2兆8335億円の黒字=財務省

ワールド

中国機の安全阻害との指摘当たらず、今後も冷静かつ毅

ビジネス

バークレイズ、英資産運用大手エブリン買収を検討=関
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 2
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    『ブレイキング・バッド』のスピンオフ映画『エルカ…
  • 9
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 10
    ビジネスの成功だけでなく、他者への支援を...パート…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story