コラム

中国共産党と中国人を区別して考えてはならない

2021年07月21日(水)14時14分

新疆の弾圧中止を求める漢民族の声は多くない CARLOS GARCIA RAWLINSーREUTERS

<漢民族はどの民族よりも中国共産党のジェノサイドを支持している。共産党は民族政党に変質した>

中国の民族問題について思索する際に、中国人、すなわち漢民族と中国共産党を分けて考えようとの意見が日本や欧米にある。果たして、そうした区別は有効だろうか。

1950年代初頭、内モンゴル自治区の党書記兼主席だったウラーンフー(ウランフ)はある演説でこのように指摘した。「自治区の首府フフホト市では幼稚園児も一般の農民も、漢民族はみんなモンゴル人を野蛮人だと呼んで差別している」

この事態を問題視して部下に解決を促したウラーンフーは、恐らく自身の経験に即して発言したのだろう。当時のモンゴル人は母語のほかに日本語と中国語、場合によってはロシア語をも操っていた。日本が支配していた満洲国と蒙もうきょう疆政権(モンゴル自治邦時代含め)は教育に力を入れていた結果、現在の内モンゴル自治区は当時、中国で最も教育水準の高い地域だった。

一方、内モンゴルにいた漢民族は教育をほとんど受けておらず、人民解放軍の将校や共産党幹部ですら秘書に署名を代筆してもらうほど無学の人が多かった。にもかかわらず、彼らはモンゴル人を「野蛮で立ち遅れた民族」と差別していた。自ら字が読めなくても、東夷(とうい) ・南蛮・北狄(ほくてき)・西戎(せいじゅう)の地域を中華よりもランクの下の存在と見なす中国人の共通認識の発露である。

いわゆる中華思想だが、その信奉者は読書人もいれば書物と無縁の人々もいる。中華思想に毒された人々は、他民族や他の思想と宗教を異質な存在だと認識し、恐怖心を抱く。そうした感情からか、彼らは異文化との共存共栄を嫌う。他民族を弾圧して肉体的に消滅させるか、少なくとも同化させて自身の中に取り込もうとする。

その結果として表れているのがウイグル人に対するジェノサイド(集団虐殺)と、内モンゴル自治区におけるモンゴル語教育の廃止政策である。前者は肉体的消滅を目的とし、後者は同化を目標に掲げる。ウイグル人は青い目と金髪の人も多いため、身体的にも漢民族との差異が顕著だ。一方のモンゴル人は、言語以外は漢民族と同じく見えるからだろう。

共産党はかつて、「諸民族の独立を支持する。少なくとも漢民族と連邦をつくる」と標榜していた。現在の憲法でも、諸民族はそれぞれの自治地域において独自の言語で教育を施す権利を有すると記されてきたが、今春からは触れられなくなった。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

タイGDP、第3四半期は前年比+1.2% 4年ぶり

ビジネス

持続的・安定的な2%達成、緩和的状態が長く続くのも

ワールド

豪首相、トルコとのCOP31共催否定 開催地争い決

ビジネス

野村HDがインド債券部門調査、利益水増しの有無確認
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 6
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 7
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 8
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 9
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 10
    反ワクチンのカリスマを追放し、豊田真由子を抜擢...…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story