コラム

戦争、ジェンダー、環境、ポリコレ......「平成初期」に似てきた令和のゆくえ

2022年08月01日(月)08時12分

拙著『平成史 昨日の世界のすべて』で論じたように、こうした平成/令和初頭の光景のさらなる起源を探ると、日本では70年安保と呼ばれた1968年前後、国際的な学生運動の季節に行きつくだろう。

ソ連・東欧圏の閉塞した実情が知られ、教条的なマルクス解釈への懐疑が深まるなかで、「これだけはそれでも正しい!」と叫ぶ新左翼の運動が高まり過激化していった。

「大学の自治」を掲げる教員たちはこのとき、恐れをなして彼らの糾弾に屈したり、逆に国家の警察権力をキャンパスに投入したりと場当たり的な対応を繰り返して、それまで持っていた威信を失っている。

思えば①リアリズムの国際政治学の台頭、②公害の深刻化と開発反対の運動、③第二波のフェミニズムとして位置づけられるウーマン・リブ、④人種差別や残存する植民地主義への批判などは、いずれも1960年代後半にそのルーツを持っており、背景にあったのは長期化するベトナム戦争だった。その意味では「戦後の曲がり角」「昭和の終わりから平成へ」に続く三度目のかつて見た景色を、私たちはいま目にしているともいえる。

懸念されるのは⑤⑥既存の知性や言論の信頼喪失にともなって、⑦手段としての「暴力」の行使に対するハードルの低下もまた、再来しかねない空気があることだ。

1970年の前後に、急進化した左翼学生による(内ゲバを含めた)殺傷事件が多発したことは広く知られる。一方で平成の初頭にも、1990年には昭和天皇の戦争責任を指摘していた本島等・長崎市長が、92年には北朝鮮への訪問が保守派に批判されていた金丸信・自民党副総裁が、右翼から銃撃された(前者は命中し、一時重体に)。

2022年7月の参院選中に起きた安倍晋三元首相の射殺事件は、国民を震撼させた。報道されている動機は、政治的というより個人的なもののようだが、自身を不快にする相手はこの世界から「抹消」してかまわないとする風潮が、広く瀰漫し始めていることは間違いない。

いま私たちの前には三度目の、暗く漠然とした不安がある。それがこれ以上的中する事態を避けるには、なにをすべきだろうか。

まずは虚心坦懐に、かつて私たちが通り過ぎた「同じ場所」の記憶を振り返ることだろう。『長い江戸時代のおわり』の知見が、その一助として役立てばうれしい。



長い江戸時代のおわり』    
 池田信夫 、與那覇潤 (著)
 ビジネス社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、加・メキシコ首脳と貿易巡り会談 W杯抽

ワールド

プーチン氏と米特使の会談「真に友好的」=ロシア大統

ビジネス

ネットフリックス、ワーナー資産買収で合意 720億

ビジネス

米国株式市場=小幅高、利下げ期待で ネトフリの買収
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 6
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 7
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 8
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 7
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 8
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 9
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 10
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story