コラム

竹田JOC会長事件は、フランスの意趣返しか?

2019年01月16日(水)18時00分

Issei Kato-REUTERS

<竹田JOC会長の贈賄疑惑をフランス司法当局が捜査しているとの報道がなされたことで、日本国内ではフランスの意趣返しではないかとの疑念が囁かれているがことはそう単純な話ではない......>

カルロス・ゴーン氏の事件に呼応するように、フランス司法当局が、竹田JOC会長の贈賄疑惑を捜査しているとの報道がなされたことで、日本国内では、フランスの意趣返しではないかとの疑念が囁かれている。しかし、ことはそう単純な話ではない。もっと奥深い問題が隠されているのだ。

フランスで疑念や不信を抱いているのは、主にメディアとビジネス界

そもそも、ゴーン氏の問題、特にゴーン氏の容疑事実の信憑性や、ゴーン氏の処遇をめぐる問題(長期間におよぶ身柄の勾留や、いわゆる「人質司法」の手法など)に対し、フランスや欧米で疑念や不信を抱いているのは、主にメディアとビジネス界であって、政府や一般国民世論は、それほどではない。

特に日本と関わりのある欧米のビジネスマンや、今後日本とのビジネスを考えている海外企業の経営者などにとっては、ゴーン氏のケースは決して他人事ではなく、ひょっとして自分もゴーン氏の二の舞になるのでは、との恐れから、ゴーン氏の帰趨に強い関心と懸念を抱かざるを得ない。

また、欧米のメディアは、もともと日本のシステムの後進性(社会の開放性や人権などの面で日本は国際スタンダードからみて遅れているとする)をことさら批判的に報じるという習性があるが、今回のゴーン氏の事件は、日本の司法制度に対する格好の批判の餌食とされている。

一方のフランス政府にとっては、自国民保護の観点からフランス国籍者であるゴーン氏を擁護することは当然であるし、なによりも日産とルノーとの関係維持という観点から、重大な関心を持たざるをえないことも当然である。しかし、だからといって、江戸の敵を長崎で討つような真似をすることに、いささかのメリットも必然性もない。却って逆効果でしかない。

フランスの国民世論にいたっては、もともと、ゴーン氏が日産だけでなく、ルノーからも高額の報酬を得ていたことに対し批判的な声は強い。また、昨年までフランス国内で課されていた富裕税から逃れるため、税法上の居住地をオランダに移し、そこにルノーと日産の合弁会社を隠れ蓑として作ったのではないかとの疑いも消えていない。このようなゴーン氏に対しては、自らの強欲の結果かどうかはいざ知らず、寒い拘置所での惨めな生活は可哀想、という同情論はあっても、それ以上の擁護論はあまり聞かれない。

つまり、フランス政府にとってもフランス国民にとっても、ゴーン氏の事件は、「意趣返し」をしなければならないような問題ではないのだ。

ルモンド紙は日本の司法制度との違いを示したかった?

ではなぜ、今まさにこのタイミングで、竹田会長の問題が出てきたのか?

取り立てて、わざわざこのタイミングをフランスの司法当局が選んで、メディア(ルモンド紙)にリークしたというのは考えにくい。案件自体は数年前から捜査が行われていたわけであるし、その過程でたまたま竹田会長の事情聴取がこの時期に行われ、それを知ったルモンド紙が、ゴーン氏の事件との対比で面白いと考えて記事にしたということではないか。

敢えて邪推すれば、ルモンド紙は、日本では「人質司法」の手法でゴーン氏が長期間勾留されているのに対し、竹田会長は、昨年12月に予審判事の召還に応じ、フランス国内に出向き聴取を受けたのに、フランス司法当局は竹田会長の身柄の拘束を行わなかったということを暗に伝えることで、日本の司法制度との違いを示したかったのかもしれない。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

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