コラム

マクロン新政権の船出―国民議会選挙の光と影

2017年06月21日(水)17時20分

一方、右の国民戦線と左の「不服従のフランス」は、マクロン与党との関係では、むしろ、ナショナリズムとグローバリズムの軸の上での対極的な立場の野党として立ちはだかることとなる。

【参考記事】フランス大統領選挙-ルペンとマクロンの対決の構図を読み解く

こうした対立の構図の中で、マクロン大統領が推進するグローバル化やEU統合は、一定の制約を受けざるをえない。国内の抵抗勢力として、グローバル化に反対し、保護主義や反EUを唱える政党(と、それを支持する国民)が右にも左にもいるという事実は、マクロン政権の政策運営に大きな影を落とす。すなわち、こうしたEU懐疑主義の原因となっているEUの機能不全や、民主主義の欠如という問題に答えを出すことが、マクロン政権にとって重要な課題とならざるを得ないのである。

「フランス的なヨーロッパ」と「ヨーロッパ的なフランス」

そもそも、フランスにとって欧州統合が成功とされるためには、統合がフランスの国益をもたらすものであるとともに、ヨーロッパの主導権をフランスが握っていなければならない。

そうしたフランスの欧州政策の礎を築いたのは、ドゴールである。もともと欧州統合に消極的であったドゴールは、1958年に政権を掌握して以降、統合容認に転換するが、それには条件があった。それは、「フランス的なヨーロッパ」という言葉で表現されるように、フランスがヨーロッパの主導権を握るということであった。これは、当時「ヨーロッパ的なドイツ」に甘んじるドイツの欧州政策とうまく合致し、仏独枢軸関係が相互補完的、協調的に機能したことで、欧州統合は進展した。

ところが、これはその後二つの面で予期しない発展を遂げる。一つは、皮肉なことに、統合の進展(深化と拡大)によって、関係の逆転が生じ、「ヨーロッパ的なフランス」という現実が生じたことである。それはEU主導で物事が決まり進められていくということで、フランスの主体性を消失させるものであった。

もう一つは、ドイツの台頭と影響力の増大による仏独関係の逆転で、「ドイツ的なヨーロッパ」ともいうべき、ドイツ主導型のヨーロッパという現実が強まったことである。これはメルケル政権以降さらに顕著になった。

フランス人にとって、こうした「ドイツ的なヨーロッパ」の下で「ヨーロッパ的なフランス」に甘んじているという現状は、欧州統合がフランスの国益をもたらすという実態があれば、まだ許容できただろうが、厄介なことに、そうではないという認識が、国民の一部に広まってきた。フランス国民の中に、統合の恩恵を享受する人々と、そうでない人々との分裂が生じ、いわゆる勝ち組と負け組(取り残された人々)を生んでしまったのだ。

この負け組の人々に対し、EUがきちんと機能し、しかも彼らにも利益をもたらすということを、マクロン政権は示していかなければならない。そのために、マクロンが公約として掲げていた「保護するヨーロッパ」を実現し、ユーロ圏予算や議会の創設などEUの改革を進め、それをフランスが主導することで、「フランス的なヨーロッパ」を取り戻すことができるか。マクロン政権の5年後の成否は、そのことにかかっている。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より東京外国語大学教授、2019年より現職。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story