コラム

フランスに「極右」の大統領が誕生する日

2017年03月13日(月)16時15分

一方もし、急進派の候補が第1回投票で2位以内に入ったとしても、第2回投票では、急進的な勢力を忌避する有権者が左右の立場を乗り越え一致団結して、決選投票に残った唯一の相手方候補に投票することを選択するだろう。その結果として、急進派の大統領の誕生という事態は阻止される。実際、2002年の大統領選挙第1回投票で2位につけたジャンマリ・ルペンが、第2回投票において大差でシラクに負け排除されたのは、この仕組みが機能したからだ。

今回の大統領選挙でも、この仕組みは生きている。かつて共産党に対する防波堤の役割を果たした選挙制度が、今や国民戦線に対する防波堤の役割を果たしているというのは、歴史の皮肉というしかない。

マリーヌ・ルペンがこの防波堤を乗り越え大統領になるためには、第1回投票で2位以内に入り、第2回投票で過半数の票を獲得することが必要だ。

直近の選挙や最近の世論調査では、ルペンの支持率は4分の1を超えている。2月下旬の世論調査(Kantar Sofres-One Point)でも27%で、中道右派のフィヨンや中道左派のマクロンを抑え、1位の座を占めている。3月初旬の別の世論調査(Harris Interactive)では25%で、マクロン(26%)の後塵を拝したが、いずれにせよ、第2回投票に進むことはほぼ確実である。

問題はその第2回の決選投票で、そこに残るもう一人がだれになるかにもよるが、フィヨンの場合はフィヨン55%に対しルペン45%、マクロンの場合はマクロン58%に対しルペン42%(Kantar Sofres-One Point)、あるいは、フィヨンの場合はフィヨン59%に対しルペン41%、マクロンの場合はマクロン65%に対しルペン35%(Harris Interactive)というのが同じ世論調査の示すところである。いずれもルペンの負けということで、かろうじて「防波堤」が機能することになる。

しかし、不安な要素も拭い去れない。それは、投票率である。第1回投票で自分が投票した候補が敗退した場合、第2回投票を棄権するか白票を投じるという、有権者の白け現象が起き、投票率が大きく下がれば、大衆の不平・不満票を中心に固い支持基盤を持つルペン候補が相対的に有利になるという事態が起こり得る。これまでの選挙でも、投票率が低いときには国民戦線の得票率が伸びるという傾向が明らかになっている。

大統領選挙第2回投票でのこれまでの最低投票率は1969年の68.9%である。この時は、右派同士の決選投票になって白けた左派の支持層の多くが棄権したことで、投票率が下がった。

今回は、中道右派のフィヨンが、支持母体である共和派の中で、自身のスキャンダルを巡って党内の亀裂を抱え、中道左派のマクロンが、袂を分かった社会党との関係で支持者の奪い合いをしているなど、それぞれの支持基盤を固めきれないという弱みを抱えている。こうした状況のなかで、投票率がこれまでの大統領選挙以上に大きく下がるようなことになれば、漁夫の利を得るかたちで、ルペンが大統領になる可能性は否定できない。


プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

UBS、資本規制対応で米国移転検討 トランプ政権と

ビジネス

米オープンAI、マイクロソフト向け収益分配率を8%

ビジネス

中国新築住宅価格、8月も前月比-0.3% 需要低迷

ビジネス

中国不動産投資、1─8月は前年比12.9%減
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story