ドイツの街角から
ドイツ・あの悲劇を忘れないために 過去と向き合う「つまずきの石」 発起人グンタ-・デムニッヒ氏に聞く
当初、デムニッヒ氏は建物の壁に記念碑プレートを設置することを考えていたそうです。しかし、専門家のアドバイスにより、壁に設置するのはオーナーの認可が必要な上、設置に同意する人は少ないだろうということに気がつきました。
一方、歩道に設置するのであれば、必要な前提条件は公有地を所有する市の認可のみとなります。こうして同氏のプロジェクトは始まりました。
つまずきの石は原則として、1933年から1945年の間に国家社会主義者が人々を迫害、陵辱、殺害した場所であればどこにでも敷設できます。碑石はナチスの犠牲者が最後に自ら選んだ住居の前の路上に埋め込まれます。犠牲者の親族が見つかれば、その方たちに連絡を入れて承認も得ているそうです。
あえて真鍮を選んだ理由は、靴底などの摩擦で磨けるから、とデムニッヒ氏はいいます。とはいえ、多くの人がつまずきの石をまたいで歩くようです。
また歩行者としては精神的に「つまずき」、碑文を読むためには「頭を下げなければ」なりません。つまり犠牲者に敬意を払うことにもなるのです。碑文には、そこに誰が住んでいたのか、彼らが生きた日付と、国家社会主義者によって迫害された理由が記されています。
西ベルリン生まれ、東ベルリン育ち、現在ケルン在住の芸術家グンター・デムニッヒ氏は、今も現地に赴いて記念碑を埋め込む作業を続けています。なんと今年5月、ニュルンベルクで敷設した碑石で10万個を突破したそうです。
同氏はこのアートプロジェクトを通して、個々の運命を扱うだけでなく、敷設を保証するために、現場に立ち会いたいと考えています。特に、埋め込む現場を事前に見たり、当日その場にいる人々や親族と交流したりすることが含まれます。つまずきの石によって、彼は国家社会主義による大量絶滅に反対したいようです。
そのため、つまずきの石の背後にいる人物を正当に評価するために、一人一人に置かれるべきであり、大量に置かれるべきではないというコンセプトです。当時の残虐な大量絶滅に対抗するため、意図的に大量に石を積むことを望んでいないからです。
一人でこのプロジェクトを始めた同氏は現在、16人の従業員を雇うまでになったと明かします。ドイツを中心につまずきの石を埋め込む作業や生徒を対象としたレクチャーに奔走しています。
とはいうものの、「つまずきの石」の敷設は常に賛同してもらえるワケではないといいます。自宅前の通りに埋め込むことを反対し裁判所へ訴えた男性は、自分の子供達が毎日この石を目にすることを避けたいといいます。結果的には市の担当官が「このプロジェクトは市が認可を出している」という一言で落着したとのこと。
また、不動産業者が集まって、反対の声を上げた例も明かしました。理由はこの碑石が住宅の前にあると、不動産の価値が下がる可能性があるからというのです。お金を取るか、過去の過ちをふり返り、二度と起こしてはならない惨事を考えるか、市民の声は様々です。また、つまずきの石そのものに反対する都市もあります。理由は犠牲者の名前の刻まれた記念碑を歩く度に踏みつけたくない・・・というのが主な理由のようです。
ひとつのつまずきの石が完成するまでの道のりは決して簡単ではありません。ボランティアの研究者と共に、名前と住所を聞き出し、その背後にある逃亡、追放、絶滅といった家族の物語を探ります。高校の歴史教師を引退したデムニッヒ氏は、データに詳細な経歴を加え、ウェブに公開しています。いまでは市民、研究機関、公文書館など、国際的な友情が築かれているそうです。
「つまずきの石」の敷設現場から
著者プロフィール
- シュピッツナーゲル典子
ドイツ在住。国際ジャーナリスト協会会員。執筆テーマはビジネス、社会問題、医療、書籍業界、観光など。市場調査やコーディネートガイドとしても活動中。欧州住まいは人生の半分以上になった。夫の海外派遣で4年間家族と滞在したチェコ・プラハでは、コンサートとオベラに明け暮れた。長年ドイツ社会にどっぷり浸かっているためか、ドイツ人の視点で日本を観察しがち。一市民としての目線で見える日常をお伝えします。
Twitter: @spnoriko