England Swings!
春の風物詩、テムズ川のザ・ボートレース
と、この日の現場での見物はここまでだった。というのも数年前に、川岸でレースを見ようと張り切って出かけたら、あまりの混雑で人の頭しか見えず、周りでわあっと上がる歓声だけを聞きながら立ち尽くしていたことがあったのだ。その場で観戦する臨場感は何ものにも代えがたいし、どっちが勝つか予想したりして川岸で家族や仲間とわいわい過ごすのは、暖かくて外にいられる季節になった日曜の過ごし方としては最高だ。ただ、レースがその場を通り過ぎるのはほんの一瞬ということもあるし、個人的にはレースをしっかり見るにはテレビがよいという結論に達している。レース前のお祭り気分はすでに少し感じられたことだし。
この日のレース開始は女子が午後2時23分、男子が午後3時23分だった。やけに中途半端な時間に思えるけれど、潮の満ち引きを計算して、できるだけ毎回同じ状態でレースをするそうだ。だから毎年、スタート時間が異なる。川のどちら側を漕ぐかも勝負のカギになるので、レース前にコイントスで決められる。
テレビ観戦をしていると、合間にレースや選手についていろいろな情報を仕入れられるのも楽しい。今年改めて驚いたのは、選手の半数近くがオリンピックなど大きな大会への出場(あるいはチームでの練習)経験があることだ。昨年の東京オリンピックでメダルを獲得している選手も少なくない。しかも英国だけでなく、アメリカ、スイスなどの代表もいる。ザ・ボートレースの選手は英国人だけではないのだ。
このレースのプレッシャーの大きさも話題になっていた。2つの大学間で競うので勝ち抜く予選相手もなく、年に一度きりの勝負だ。失敗は許されないので、何か月、時には何年も前から準備をするそうだ。
英国の大学では、勉強にかなりの時間やエネルギーを使う。ましてオックスブリッジのような名門となれば、なおさらだろう。選手の中は大学院生や医学専攻、MBA専攻の学生も多く、まさに文武両道の若者たちだ。それでも、夜明けと共に起き出して毎日5時間練習する生活と学業との両立の難しさを語る選手は多かった。ただそこで終わらず、それにチャレンジすることの喜びをさわやかに話す人が多かったのも印象的だった。さすがスポーツ選手のメンタリティー。テレビの中の彼らがまぶしく見えた。
ボート競技はエリートのスポーツと言われる。解説者や経験者はテレビでは「そんなことはない」と話すけれど、2012年にはエリート主義に反対する男性が川に侵入してレースを妨害するハプニングがあったほどで、今のところ、これは事実だろう。ボールひとつあればできるサッカーなどと違って、必要な道具や設備が多く、経験できる場がかなり限られる。だから、当日のテレビ番組でレースの合間に紹介されていた、子どもたちがボート初体験をするという活動は大きな希望になる。実際にこうした試みを通じてボート競技で活躍する選手も出始めている。これからも純粋にボートを漕ぐことを楽しみ、才能を発揮できる子どもたちが増えますように。
肝心のレースは、女子はケンブリッジが大会新記録を出して優勝(18分23秒)、男子はオックスフォード(16分42秒)が勝利を飾った。女子レースではオックスフォードのボートを追い越させまいとする舵取りが素人目にも大胆でハラハラし、見ごたえがあった。
表彰式はゴールのチズィック橋付近で行われる。表彰台でスパークリングワインをかけあったり、恒例の行事として勝ったチームの舵手を川に投げ込んだりするのを見ていると、レース中とまったく違う若者の顔になっていて、なんだかほっとするのだった。
実は今年のザ・ボートレースの様子は、当日放映した選手紹介や解説も含めて、BBCの見逃し配信やYouTube(女子のレースは45分ごろから、男子のレースは1時間43分ごろから)で見ることができる。レース自体も迫力があるが、周りののどかな景色も見どころだ。テムズ川の印象が変わるかもしれない。
東京の早慶レガッタはやはり今月、17日に開かれるようだ。水ぬるむ季節と言うけれど、暖かくなってくると水辺が恋しくなるのは、どこも同じないのかもしれない。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile