中東から贈る千夜一夜物語
シリア人への暴動に垣間見えたトルコ国内でのシリア難民問題の深さ
3.「産めよ増えよ」のアラブ的思想と子供たちのしつけ
シリア人の子供たちのマナーの悪さに眉をしかめるトルコ人も多い。ごみを平気で道路にポイ捨てする、うるさい、自分勝手、とにかくガサツで汚い...など評判が一般的によくありません。
先ほど、多くのシリア人は無為に時を過ごして来たと書きましたが、そんな中で子供の数だけは増やし続けてきました。アラブ世界では「家族計画」という概念はほぼ存在しません。産めば産むほどいい。多ければ多いほど良い。かくして 6 人 7 人と産み続けます。
コミュニティ全体で子育てができていたシリアでは問題なかったかもしれませんが、トルコではそうはいきません。シリア人の親の中には、子供たちが学校に行っていなくても特段気にしない人たちもいます。確かに、子供たちの将来を考えていたら、6 人も 7 人も産めないと思います。いや、トルコ人でも都会を離れると 6 人 7 人の子供というのは珍しいことではありません。
とはいえ、シリア人の置かれた環境はトルコ人の置かれた環境より圧倒的に不利です。一般的にお給料はトルコ人の半分くらいですし、持ち家ではなく借家。さらにアラブ社会では「共働き」という概念はほとんどない。いずれにしても、乳飲み子を常に抱えている状態では母親は働けません。こんな状況では出費だけが増え、大家族を養っていけるはずがありません。
コロナ前でもカツカツの生活を送っていたシリア人が多かったのですが、コロナ禍で仕事そのものがなくなったシリア人も多いです。仕事がなく大家族でどうやって暮らしていけるのでしょう。中には 10 歳や 12 歳の子供まで働かせるシリア人の親もいます。10 歳や 12 歳の子供ができることといえば、物乞い、道路でティッシュなどを売る仕事、ごみ箱からリサイクル用のペットボトルなどを集める仕事...などです。
教育やしつけをしっかり受ける機会がないシリア人の子供たちの多くは、残念ながら教養がなくマナーが悪い。社会で歓迎される存在とはいえません。
ざっと 3 つの理由を上げました。このように 7-8 年という長い年月の間に良い評判を築くこともできたはずですが、残念ながらそうできなかった (あるいは、意図せずではあれ「しなかった」) のです。
現在、シリア人排除を求める世論の声がかつてないほど高まっています。「シリア人についてどう思うか?」と尋ねられてポジティブな見方を話すトルコ人はほとんどいません。ネガティブな意見が圧倒的多数を占めています。
二つの言い分のはざまで
私はアラビア語を話しますし、トルコ人よりアラブとの関わりのほうが長いので、アラブの言い分も非常によく分かります。アラブ世界に住んでいたのでアラブの思考パターンも理解できます。実際、トルコに来た当初はシリア難民に対するトルコ人の見方や扱いにショックを受けていました。でも、ここ 1 年程トルコ語を学び始めてトルコ人との関わりも増え、トルコ人の見方も理解できるようになってきました。双方に言い分があります。
今日の記事に書いたことは、アラブが大多数のアラブ世界では全く問題にならなかったことだと思います。でもアラブ世界を一歩抜け出すとアラブの常識が通じない世界になります。そこでアラブ流を貫くこうとすると軋轢が生じます。トルコで起きていることはその典型だと思います。
ただ、人生の大半をアラブ世界でのみ過ごし、さらにそのアラブ世界の中でもごくごく限られた小さなコミュニティ (付き合いのほとんどが家族・親族のみ) で過ごしてきたのが大半のシリア人。ですから、他の文化に触れたり、理解したり、ましてや尊重したりようなことはこれまでしたことがありません。痛い経験をして学んでいくしかない部分もあると思います。願わくば、トルコ語もアラビア語も話せるようになった若い世代が 2 つの異なる文化の橋渡し役としてもっと活躍してくれるようになればと思います。ただし前述のように教育の機会すら奪い取られているシリア人の子供たちも少なくありません。
トルコに移動する前に 2 年間ドイツで過ごした経験から言うと、ドイツの難民教育プログラムはかなり計画的で、シリア難民をドイツ社会に順応させるための段階的なプログラムが準備されていました。ドイツは特に若い世代のシリア難民の育成にいわば「投資」しており、アラブが望もうと望むまいとドイツ社会にやがてその「投資の利益」が還元されるようになっています。トルコにはこうした計画的な難民教育プロジェクトはありません。
もちろん、トルコの難民問題は単に文化の違いで済ませられることではありません。前代未聞の数の難民を受け入れてきたトルコ。双方の言い分のはざまで微妙なかじ取りを強いられています。
トルコのシリア難民の今後の行方は?
最大野党である共和人民党のケマル・クルチュダルオール (Kemal Kılıçdaroğlu) 党首は、2023 年の選挙で現エルドアン政権を打倒できたら、政権交代後 2 年以内にトルコにいるシリア人をすべてシリアに帰らせると公言しています。なお、この「シリア人」には、すでにトルコ国籍を有するようになったシリア人は含まれないものと思われます。
今後シリア人への風当たりが弱まる要素はどこにもありません...。コロナや森林火災やその他いろいろなことが重なり、トルコ経済は疲弊するばかり。シリア人の存在はトルコにとって無利益どころか害になると思われています。
そんな中でトルコ人とシリア人がとても仲良くしている例も多々あります。シリアと国境を介するトルコのハッタイ県では、トルコ人の多くがシリア人の両親または祖父母を持ち、日常的にアラビア語が話されています (独特のアラビア語アクセントではありますが)。ハッタイでは、シリア難民とトルコ人の意思疎通が滞りなくできるため、母国と同じ心地よさを感じているシリア難民も多いです。
とはいえ、全てではないにしても、そして一概にひとくくりにはできないものの、トルコ人との間の壁を作った責任は自分たちにもあるという自覚をシリア人たちが全体として共有することは必要だと思います。
「旅の恥はかき捨て」ということわざが日本にあります。「旅先では知り合いがいないので、恥をかいたところでその場限りですむ。また旅の解放感も加わって、ふだんなら自制する恥さらしな行為も気がとがめない」と定義されています。
トルコに逃れたシリア人たちがこの精神だったとは言いませんが、一時的な滞在という気持ちが強すぎて、受け入れる側のトルコ人の気持ちに配慮できなかったことは否定できません。彼らの「旅」は思ったより長くなりました。もはや「旅」とは言わない。
そうであれば今後どのように付き合っていくか、お互いが再度認識を新たにする時に来ているのではないかと思います。
著者プロフィール
- 木村菜穂子
中東在住歴17年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半、トルコに7年間滞在した後、現在はエジプトに拠点を移して1年目。ヨルダン・レバノンで習得したアラビア語(Levantine Arabic)に加えてエジプト方言の習得に励む日々。そろそろ中東は卒業しなければと友達にからかわれながら、なお中東にどっぷり漬かっている。
公式HP:https://picturesque-jordan.com