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注目を集めるミレニアル世代の大統領候補ピート・ブティジェッジ
「東部標準時間帯最西端のこの地では夜明けは遅れてやってくる。海岸から遠く離れているために、元旦の日の出は8時を過ぎてようやく訪れる」という故郷のサウスベンド市を紹介する最初の1行を読み始めてすぐに胸踊る興奮を覚えた。風景が目の前に浮かんでくるような素晴らしい文章なのだ。政治家が書いた回想録でこれほどの文章力はめったにない。その前の冒頭の引用文がアポロ11号のマイケル・コリンズのものだというのにも感心した。アポロ11号の宇宙飛行士を引用するとき、普通の人なら最も有名なニール・アームストロング船長かポップカルチャー的な認知度があるバズ・オルドリンを使う。けれども、アポロ11号に関して最も優れた回想録を書いたのは月には着陸しなかったマイケル・コリンズなのだ。ゴーストライターを使っていないのは明らかだし、その後何度も出てくる引用からもブティジェッジの知的好奇心の幅広さを感じる。
ブティジェッジはハーバード大学で歴史と文学を専攻し、ハーバード大学ケネディ行政大学院の機関のひとつであるインスティチュート・オブ・ポリティクスの学生諮問委員会の委員長を務め、summa cum laude(最優秀)の成績で卒業した。そして、ローズ奨学生としてオックスフォード大学に留学して哲学と政治・経済学を学び、試験で1位の成績を取って卒業した。この学歴を知ると、ブティジェッジの知的な文章が納得できる。まるで「神童」のようだが、卒業後に国際的に有名なコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した時点までは、頭脳明晰な歴代の民主党の大統領や候補らとあまり変わらないとも言える。
ブーテジェッジのユニークさは、眩しいほどの輝く学歴を持ちながら、高収入の仕事を捨てて故郷のインディアナ州に戻り、公のために尽くせる仕事に就こうとしたところだ。
彼の選択がどれほど特殊なことかを知るためには、アメリカにおけるインディアナ州の立ち位置を知る必要がある。J.D.ヴァンス著の『ヒルビリー・エレジー』で日本でもよく知られるようになったアメリカ中西部の「ラストベルト」の一部であり、かつて工業地帯として栄えたが、その後はアメリカの繁栄に取り残された地域だ。
ブティジェッジの生まれ故郷で名門ノートルダム大学があるサウスベンド市でも、放置された建物の廃墟が幼いピート少年の原風景になっていた。宗教保守のカトリック教徒が多く、マイク・ペンス副大統領がインディアナ州知事だったときに、個人や企業がLGBTQへの差別を許す「宗教の自由回復法」に署名して全米から批判を浴びた保守的な地域でもある。2008年はオバマ大統領が過半数を獲得したが、それ以外の大統領選では1968年以降ずっと共和党の候補が勝ち続けている共和党が強い州なのだ。
ブティジェッジは、わざわざそんなインディアナ州に戻り、民主党の候補として勝ち目がない州財務官の選挙に27歳の若さで出馬したのである。たとえ当選しても、収入はこれまでの何十分の一になるというのに。この選挙には落選したが、彼は周囲の勧めでサウスベンド市の市長選に挑み、74%の得票率で当選した。このとき彼はまだ29歳だった。
これだけでもブティジェッジは十分ユニークなのだが、彼は国民としての義務を感じて海軍予備軍にも入隊したのだ。そして、2014年に市長の仕事を休職してアフガニスタンに従軍した。戦地で7カ月を過ごし、同僚の死も間近に体験した彼は帰国後にある決意をした。それは、同性愛者であることを公表することだった。
先に書いたように、インディアナ州は保守的な地域だ。サウスベンド市にはLGBTQの人権を守る法があるが、州全体にはない。これまで彼を支持していた人々も彼がゲイだと知ったら背を向けるかもしれない。そういう懸念はあったのに、彼は地元の新聞で同性愛を公にし、その5カ月後に80%の得票率で市長に再選されたのである。
東海岸のニューヨーク市や西海岸のサンフランシスコ市のように超リベラルな地域であれば、同性愛者が市長に当選しても不思議はない。だが、サウスベンド市は同性愛者を堂々と差別できる法ができたインディアナ州にある。父親がマルタ共和国出身なので、ブティジェッジは移民2世ということにもなる。そして、ラストベルトの人々は東海岸や西海岸の有名大学で教育を受けたエリートを毛嫌いする。これほどマイナスの要素が揃っているのに8割の市民の支持を得て再選されたところを見ると、ブティジェッジが党派を超えて本当に市民から愛されていることがわかる。
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