コラム

トランプの卑小さを露呈させた暴露本「炎と怒り」

2018年01月10日(水)10時30分

▼トランプは、混迷する選挙陣営を立て直す選対本部長の役割を、最初は古くからの友人であるロジャー・アイレスに依頼した。アイレスは保守系ニュース放送局「FOXニュース」の元CEOで、セクシャルハラスメントで職を追われるまで保守系メディアで最も大きな権力と影響力を持っていた人物だ。彼は、トランプのことを「自制心がない。目的達成のための戦略を立てる能力がない」そして「理念のない反逆者(a rebel without a cause)」と見ていた。また、アドバイスを受け入れないどころか耳も傾けないトランプの性格を知っているので、依頼を断った。その1週間後にその役割を引き受けたのがスティーブ・バノンだった。

▼トランプと選挙陣営は大統領選には負けると考えていた。勝利は本人にとってもショックで、それまでの静かな生活に戻るつもりだったメラニア夫人は失望の涙を流した。

▼トランプは負けると考えていたし、大統領の仕事そのものには興味がなかったので、政権の人材や閣僚についてはまったく考えていなかった。また、選択の範囲も狭かった。国家安全保障担当の大統領補佐官を選ぶときに候補があまりいないことについてバノンはこう言った。「(選挙中にトランプは大統領にそぐわない人物だという書状を共同署名で公開した米軍将官ら)ネバー・トランプ全員と、(アフガニスタンとイラク)戦争に巻き込ませたネオコン全員を取り除いたら、あまり控え選手はいない」

▼トランプには政治的な信念や政策はない。すべての政策は、そのときに誰の意見が頭に残っているかで決まる。それは誰にも予期できないし、強く押しすぎると、かえって逆効果になりかねない。

▼トランプの初期のホワイトハウスには、白人至上主義でオルタナ右翼過激派のバノン、ウォール街と密着するニューヨーク型の民主党のジャレッド・クシュナー、元共和党全国委員長で就任時に首席補佐官に任命されたラインス・プリーバスの3つの勢力があった。国の運営について少しでも知識があるのはプリーバスだけだったが、トランプ政権での影響力はなく、彼が長続きしないことは最初からわかっていた。

▼ジャレッド・クシュナーと妻のイヴァンカは、将来機が熟したら、大統領選に出馬するのはイヴァンカだという約束を取り交わした。イヴァンカは「初めての女性の大統領は、ヒラリーではなく、イヴァンカ・トランプ」と自分で悦に入っていたという。

▼トランプの多くの政策は、ジャレッドとイヴァンカ(バノンは2人をセットにして「ジャーヴァンカ」とバカにするニックネームで呼んだ)とバノンの2大勢力の戦いの結果であった。

▼極右の政策が通ってきたのはバノンの勝利で、オバマ大統領の医療保険制度改革の破棄や税制改革は、ポール・ライアン下院議長によるもの。

▼「パリ協定脱退」は、協定に残ることを強く推すイヴァンカに対する、バノンの勝利だった。バノンは「やったぜ(Score)」、「あのビッチはこれで終わりだ(The bitch is dead)」と勝利を祝った。

▼トランプはメディアへの情報漏洩について怒りを示したが、バノンはクシュナー夫妻についてダメージがある情報を故意に流し、クシュナー夫妻は逆にバノンについて流した。全員が疑心暗鬼となって敵を倒す企みをしており、ウルフによると「全員が 情報漏洩者」だった。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

焦点:闇に隠れるパイロットの精神疾患、操縦免許剥奪

ビジネス

ソフトバンクG、米デジタルインフラ投資企業「デジタ

ビジネス

ネットフリックスのワーナー買収、ハリウッドの労組が

ワールド

米、B型肝炎ワクチンの出生時接種推奨を撤回 ケネデ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 3
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 4
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 5
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 6
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開…
  • 7
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 8
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 9
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 10
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺るがす「ブラックウィドウ」とは?
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 6
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 7
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 8
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story